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古本屋日誌
今日は連休2日目、出荷も月曜なので気楽だな。
谷崎潤一郎の新しい全集が、数年前に完結したのだが、1956年に創刊された『週刊新潮』創刊号から連載された『鴨東綺譚』はまたしても収録されなかった。
モデル問題で揉めて、連載は6回で打ち切りになり、以後単行本にも全集にも収録されていない。
谷崎は1965年に亡くなっており、すでに60年以上経過していて、利害関係があった人たちもこの世にはいないだろう。
それにもかかわらず、依然として封印されるのは納得できない。谷崎の遺族の意向かもしれないが、思い上がりだとしか俺には思えない。自分は働きもせず、たんまり印税をもらってるわけなのに、それ以上何を望んでいるのか、全くバカとしか言いようがない。
ただ、2016年に創刊60周年記念として『週刊新潮』創刊号が復刻刊行されて、ここには『鴨東綺譚』第一回も載っているのだ。
その内容だが、京都人への悪口が延々と書いてある。
「平安朝の昔から代々の覇者にいぢめ抜かれた歴史を持つ」ので「すっかり根性がひねくれて陰険になり、(中略)多くの富を人に知られぬやうに貯蓄して、平素は一銭一厘の費えをも苦しみ、表面はせいぜい貧乏らしく見せかけて暮らす」とある。
「腹の底ではめいめい自分たちの利益を守るのに汲々として、他人のことは考えない」ともある。
この後、谷崎はあれこれ例を挙げて京都人のケチぶりを披露している。
下宿屋のおばさんが始末屋で、膳の余り物の腐っているものも食べる。
水を節約するために道路にある水道の元の栓を、わざと固くしてチョロチョロしか出ないようにする。
「一般に京都人は、助からないとわかっている病人には注射をさせない、親であろうが女房であろうが、死ぬにきまっている者を徒に長く生かして苦しめたところで、無駄な費えであると云う考えが徹底している」ともある。
食べ物も「此の土地ではああ云う風な保存に堪える乾物(塩昆布とニシンのこと」貯蔵して、せいぜい塩辛く味付けする」
コンサートでもひつこくアンコールを繰り返して、高い入場料に見合うようにすることなども挙げている。
昼過ぎに萱島、京橋、大阪、快速電車で三ノ宮。お客さんのところであれこれお話し。