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古本屋日誌
2025-11-12 22:40:00
このところ井上章一先生はどうされたのか、わけのわからない本を出されるようになったが、以前は全くそんなことはなかった。
平易な文章で極めて論理的に物事を解き明かされていて、その説得力にはしばしば驚かされた。
例えば『太陽』の1990年3月号は「京都 まるごと美術館」という特集が組まれ、その巻頭に井上先生は「ミステリアス京都」という論考を書いておられる。
京都は新旧が入り混じったミステリアスな街だとの定評があるが、そもそもどんな街であろうと、古いものと新しいものが混合されているものだ。
京都も例外なくそうなっているだけなのに、特別視されるのはおかしいだろう。
そして京都を訪れる観光客の言葉として先生は「ほかの街とくらべて、とりたてて、どうということはない。嵐山や東山の景色でも、とくべつ美しいとは思えない。あのていどのものなら、よその街にもある」を引かれて、その言葉を肯定しておられる。
そして「この街の景色のどこが、特筆にあたいするのか」それが「ミステリアスだ」と書いておられる。
確かに嵐山の紅葉はなかなかなものだが、大阪の箕面の滝のそれを上回っている感じは俺にはない。
清水寺は大阪の勝尾寺や信貴山と比べて、素晴らしいかというと、全くそうはいえまい。何より京都市内の町家の風景など、バカバカしいもので、あんなもの全く評価に値しない。
大阪の富田林寺内町の方が圧倒的に素晴らしいし、奈良の今井をもってきたら、京都の連中は何もいえないだろう。
要するにミステリアスなものを求める東京の連中や風潮によって、京都は上底になっているということなのだ。