Welcome
古本屋日誌
2025-07-26 11:11:00
矢野隆司が編んだ『今東光 全年譜』を読んでいるが、編年体で彼の日常を活写して興味が尽きない。
今の父親は世界を股にかけて活躍する商船会社の課長で、函館や神戸に住んでいたが、やがて東京に本宅を構えた時、敷地が300坪あったし、退職時の慰労金が大正時代に75000円あまりだったとあるから、かなり裕福な家庭だったわけだ。
これはよく知られている話なんだが、関西学院中学を退学となっているわけについてもかなり突っ込んだ記載がある。
現在の関西学院は灘や甲陽の後塵を拝しているが戦前は、神戸一中、二中と肩を並べる進学校だった。
その関西学院3回生の時、上の5回生が授業ボイコットを始め、今東光も加わっていたこと、女性関係で問題を起こしたことが原因で放校されてしまう。
その後豊岡中に転校するが、ここでもすぐに女性問題を起こして、さらにそれを問題視した教師を殴ってしまい退学させられてしまう。
東光は、その後も実家に行儀見習いで来ていた女と関係して妊娠させ、生まれた子どもは庶子として届け出ることになる。(母親は産後の肥立ちが良くなかったのか、出産の5日後に死亡している)
20ごろまで、今東光は画家志望で、何度か二科展に応募しているが、いずれも入選することはなく、その絵もほとんど残されていないのだが、本書にはほとんど唯一といっていいだろう、二科展落選作の人物画が掲載してある。
その写真のすぐ隣には絵画の所有者から貰った掲載を許可する文面のハガキも載っているところが、興味深い。
矢野さんはどういう縁で、絵の所有者と繋がり、また許諾を取ったのか、その辺りにも興味が湧くのだ。