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古本屋日誌

2025-07-27 09:00:00

ハヤカワ新書から小林昌樹の『立ち読みの歴史』が出た。なかなか愉快なタイトルなのでさっそく一読してみた。

 

 

前田愛の研究で、徳川時代、本は集団で音読されていたことがわかっているから、明治になって本屋が開架式になり、客が自由に半を手に取れるようになっても、店頭で1人で黙読する習慣は簡単には広まらなかったそうだ。

 

 

まあそうだよな、染みついた習慣はおいそれとは直らない。店頭で声を上げて立ち読みはさすがに無理だろう。

 

 

著者によればそれが雑誌が本屋に置かれるようになるに連れて、明治後半から徐々に立ち読みが広まったとのことだ。雑誌は今もそうなんだが、自分に興味深い記事だけを読むものだ。プライベートな面があるということだろう。

 

 

俺は学生時代は三条河原町下ルにあった駸々堂の京宝店に出向いて立ち読みをしていたが、30分くらいすると店員から注意された。当然だよね。

 

ただ友人の理学部の学生だった久富くんは、なぜかニーチェに傾倒していて、この店のレジのすぐ横にあった全集コーナーに並べてあった『ニーチェ全集』を何時間も立ち読みしていたな。

 

 

普通ならすぐにでも叱りつけてやめさせるところなのだろうが、彼がいうには「何にも言われなかった」。

 

 

黒々とした長い髭を蓄え、長髪、下駄を履いた風貌なので臆したものだろう。

 

 

1990年代には、枚方の国道1号線沿いの本屋によく立ち読みに行っていたが、漫画雑誌には、立ち読み防止のセロファンはかけてはおらず、どうぞお読みください、面白い漫画があったら、こうてねという感じだった。

 

漫画の単行本には全てセロファンがかかっていて立ち読みすることはできなかった。雑誌はOK、単行本はダメとなっていたのだ。