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古本屋日誌
2000年1月に、中学受験の進学塾、日能研関西で起きた過労死事件のことだ。
算数課のリーダーの一人だった酒井の授業のことを考えている。
俺は酒井はセンスのよい人間だな、と思っていた。これは本当に大事なことで、というのもそういう人はなかなかいないからだ。
彼は、センスのよさを武器に、バカな学生や、愚かしい行動をする連中を(当人には言わないけれど)よく批判していた。
酒井は、1979年に京大農学部に入学してから、ずっと熊野寮に住んでいた。
寮の学生は、確かに貧乏ではあったが、そもそも学業が本分である学生がカネを持っているのはおかしなことだ。
貧しいのが当たり前で、何の不思議もない。
それに熊野寮には食堂があって安い値段で食事をすることもできる。
だから少しアルバイトでもして5000円とか入れば1週間は余裕で生活できた。
それなのに、わざとカネがないことを自慢したり、それにこだわりを持ったりするバカが少なからずいた。
経済学部の教室で、講義が終わった後、教授が机の上にパンの耳が乗ってるのに気がついて「これ誰のや❓ええもん食べてはるやないか」と学生に尋ねたら、熊野寮生のAが「あー俺のですわ」と答えたので、先生はヒョイとパンをAのところに放り投げた。
すると「何しますねや、パン耳は俺の大切な命の綱やのに、ひつれいな、何考えてますのや‼️先生はそら金持ちやろけどな」と色をなして怒る。
Aは普通に金も持ってるのにもかかわらず、趣味でパンの耳を昼ごはんにしてるだけなのだよ。こういう下品で下劣な学生はダメだよね。
酒井はそういうところは全くなかった。
「ああいう、金のないことをひけらかすみたいなやつは、その神経が理解できん」と言っていた。
1980年代初頭はニューアカブームで、蓮實重彦、上野千鶴子らが興味深い本を書いていた。
とりわけ蓮實重彦は、草野進名義で『プロ野球批評宣言」とか『読売巨人軍に与える建白書』といったプロ野球評論を出していた。
俺は新潮文庫などの廉価版でこれらを読んでいたのだが、酒井は冬樹社から出ていた『プロ野球批評宣言』の単行本をこうていた。
俺が「それ、高いやろ。文庫の方がええことないか❓」と聞いたら「そんなん、ええやろ」と怒る。
確かに、冬樹社の単行本は、白地に紫の花があしらわれたオシャレなカバーで、新潮文庫のシンプルなカバーとうって変わって、お茶の家元だとする草野進の雰囲気がよく出ているものだった。
こういういいものには、多少の金は糸目をつけないところが酒井にはあった。
また彼が言うには「この蓮實重彦のプロ野球論(野球の花は三塁打だとか、投手は孤独中に屹立するとか)はな、それ以降の評論家に影響を及ぼしてる。前からいる評論家も蓮實の書き方を真似るようになっている。」と言って、その具体例として玉木正之を挙げていた。
なるほど確かにそうだな、指摘されて初めてその正しさがわかったが、自分では思いもよらない。
酒井は本屋に出向いて2時間くらい立ち読みを繰り返して、気に入った本を選んでこうていた。
「全集を出したり、全集を買ってしまったりする人の神経がわからない。だってしょうむない小説の方がずっと多いのに、それをありがたがるのは理解できない」と言う。
これはその通りです。
あの筒井康隆だって『敵』とか『メタモルフォセス群島』なんかは素晴らしいけど『乗越駅の刑罰』なんかはなあ。だからお説ごもっとも。
俺は学生時代坂口安吾や野坂昭如が好きで、とくに坂口安吾は冬樹社から出ていた全集を集めていたので、酒井の批判はこたえたな。
沢木耕太郎の『テロルの決算』中島らものエッセイ集、『トンデモ本の世界』なんかを褒めていたが、中島らもやトンデモ本はその通りなんだが、沢木の『テロルの決算』を評価するところなど、センスのよさを感じる。
沢木はバックパッカーとして世界をへ巡った『深夜特急』シリーズが有名で、俺もこっちのことしかその当時は知らなかった。
変な左翼の連中ばかりの熊野寮に住んでいて、社会党の浅沼を暗殺した山口の話に感動する感性は稀有なものだ。
酒井自身も、自分の感覚と、周りのそれとの差には敏感だったわけだし、自分のセンスには自信があったと思う。
だったら、日能研関西社内でも、普通に生意気に過ごしていて不思議ではないと思うのだ。
また休みも保証しないようなブラック企業であるわけだから、見切ってさっさと辞めるとか、また反抗する手立てもありそうなものなんだけどね。