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古本屋日誌
2025-04-02 22:35:00
1960年代の大阪市住吉区の小学校は、地区によって格差があった。
俺は1967年に清水ヶ丘小学校に行き始めたのだが、校舎はほぼ全て鉄筋であり、講堂も天井が高い独立した建物だった。またグラウンドもきれいな四角で、桜の木がたくさん植えてある。
その後3年からは安立小学校に通うことになり、落差に驚いた。
これは本当は一年生から安立小学校に通わなければならないのに、住所を偽って越境入学をしていたわけなのだ。
安立小は、校舎の敷地が歪で、南海本線の住之江駅に通じる表通りには面しておらず、北側の長細い路地を抜けてようやく校地に辿り着く。
グラウンドも四角になっておらず、北の隅は横に長く西側に伸びる形だった。
また講堂は木造二階建てで、一階部分が講堂なんだが、背が低く窓は西と東にしかなく薄暗かった。
2階は3年生の教室が真ん中に廊下を配して振り分けで配置してあった。
最も驚いたのはトイレで、男女共用、男子用の小便は溝に向かって、一段高いタイルの段に上がってやるスタイルだった。年季も入っていて悪臭ふんぷんたるもので、清水ヶ丘のごく普通のトイレとは大違いだった。
溝に向かってやるスタイルは、2003年の甲子園球場にもあった。
もう20年以上になるが、それでも「ようこんな古臭いトイレを未だにつことるよなあ。ちゃんと改修せなあかんやろ」と思ったものだ。