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古本屋日誌
2000年1月に起きた、中学受験の進学塾、日能研関西の過労死事件のことだ。
算数課のリーダーであった酒井の授業のことを考えている。
彼は自宅で倒れる日まで50日以上休みを取れていなかったことがわかっている。
いくら力がある、若い、授業が好きだといっても、ものには限度がある。
気持ちは頑張って授業しようと思っても、身体がついては来ず、どこかセーブして、疲労を抑えようとするのではなかろうか。
また何度もこれは書いていることだが、体調が優れなかったら、普通は医者にかかるものだ。ところが酒井は医者に診せていないのだから不思議なのだ。
そういえば、彼の感覚には俺にとっても不思議なところがあった。
1987年に酒井は山科のアパートに住んでいたが、夜の10時くらいに、友人の吉村くんの車(ホンダのゼット、ワーゲン風の軽)で訪ねたことがあった。
酒井はJR山科駅近くのアパートの2階に住んでいて、われわれが上がり込んで酒を飲んでいたら、下の方でえらい叫び声がして、金属製のもので何かを叩く音がする。
びっくりして降りてみたら、暗闇の中、変なおっさんがバットで吉村くんの車を叩きまわっている。
このバカは京都の会津小鉄会というヤクザの構成員で、止まっていた彼の車が邪魔で自分の車を出せないことに腹を立てての蛮行だった。
もちろん駆けつけた警官に逮捕されたのだが、警察官が言うには「もしお礼参りとかでヤクザが来たらすぐ連絡してください」。そんなに易々と警察に連絡できるものなのか、時間的な余裕があるのかよくわからない。
この後、公安が彼のところに来るようになって、熊野寮などの反体制運動の情報を仕入れようとしてきた。
その頃は島袋が宝島社から『公安警察スパイ養成所』という面白い本が出て、公安が普通の人に優しくして、ご飯を奢ったりしてスパイに仕立てて、情報をえる話だ。
そもそもこの本を「面白い本を見つけた‼️やり方がなかなかすごい。だんだんスパイ活動から抜けられなくなって、辞めたいと公安の刑事に言っても、逆なバラすと脅されて動きが取れなくなって、続けざるを得ないとか怖いな」とわしに紹介してきたのは酒井なのだ。
そういう実態を知っているのに、なぜ公安と会うのかよくわからないので、酒井に「やめといた方がええんちゃうか、ろくなことにならんで」と言うと、「今度飲むことになってるから、来ないか❓」と言う。そこで酒井と鶴橋で待ち合わせて、公安の男と安い河豚鍋を三人で食べた。
まあ、あれだな、ちゃんと情報が取れると踏んでいるなら少なくとも鶴橋でフグは行かないだろう。
西道頓堀とか、北の新地ということになるだろうから、向こうも遊びみたいなものなんだろう。
酒井の感覚では怖いもの見たさとか、話題作りとか、面白そうだから、みたいなところなのかもしれない。