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古本屋日誌

2025-02-23 11:36:00

2000年に起きた、中学受験の進学塾の日能研関西の過労死事件のことだ。

 

 

今回はやりがいについてだ。

 

亡くなった酒井は上本町校で、1番上のクラスを担当していて、灘中や星光、東大寺学園を狙うクラスだ。

 

 

どこの塾でもそうなのだが、その年の合格者数の目標が定められていて、2000年の入試では星光の目標は10人だった。

 

 

蓋を開けてみたら合格者は9人で、目標に僅かに届いていない。(最終的には繰り上げ合格が出て、目標の10名に達した)

 

 

酒井はこれをかなり気にしていた。「あと1人だったんだけどな」と残念がる言葉を覚えている。

 

 

それでも合格した子や僅かなところで涙を飲んだ子のことは気にかけていて、発表の後谷町筋と千日前通りが交わる南側にあった(今はコンビニになっている)「劉邦」という中華料理屋に子どもを集めてご馳走していた。(名前がいいよね、高祖なんだから)

 

 

彼はその当時の上本町校での授業には、自信を持っていて、授業が終わってから、教室内で開かれた、恒例の宴会(当時の上本町校では毎日のように深夜まで宴会が開催されていた)で次のようなことを言った。

 

 

「国語、今枝、理科、高宮、社会、阿部が担当しているのだから、力がつくよ。」それだけ自分の授業に自負を感じているということで、微笑ましい感じがする。

 

 

東もその当時「灘のクラスとかを担当している先生は、そのことをずっと考えているくらいやないと務まらないのかもしれない。」

 

「仕事によって自己実現を考えている人がいることは間違いない」ということを言っていた。確かにそういう面はあるだろう。

 

 

ただ、問題は本人がやりがいを感じて長時間労働も厭わない状態の時は、身体にかかっているストレスや疲労が一時的に感じられないようになってしまっているということだ。

 

 

脳から分泌されるドーパミンなどの作用で、疲労感が麻痺してしまって、逆に高揚感を感じるケースがあることはよく知られている通りだ。

 

 

また、会社組織なんだから、その中の誰が抜けてしまったとしても、別段会社は困ることなんかない。

 

たとえ酒井が灘クラスから抜けたとしても、直ちに別の人が担当するだけの話で、その人がいないと回らないなどということはない。

 

そういう事実と本人の気持ちは、相容れない部分もあるのだが、やはりすり合わせは必要だと思う。