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古本屋日誌
中学受験の進学塾の日能研関西で起こった過労死事件のことだ。
6つ目の注目点は日能研関西のゆるゆるのシステムのことだ。
酒井は1996年に入社したのだが、その際社長の小松原景久氏から「引越し代とか、家の敷金、礼金なんかは出すから」と申し出があった。
これはその当時、日能研ではこれはと見込んだ人には行われていたことなのだ。
酒井はその当時、京都進学教室の社員で、長浜校の教室長だったから、住まいは滋賀県だった。
日能研に入社することになり、基本的な勤務スタイルは、昼過ぎに三ノ宮の本部に出勤するので、阪急沿線で家を決めたいとなって、初めに武庫之荘駅でハイツかマンションを探したのだが、周旋屋に出向いても、条件が高すぎて折り合わなかった。
それで西宮北口の周旋屋を訪ねて、門戸厄神ねきのハイツに決まったのだ。
しばらくして総務から、「酒井さん、お金が出ましたから取りに来てください」と連絡があったので、酒井はいそいそと受け取りに出向いたら、引越し業者にかかった金しか出ておらず、「代表は敷金とかもだすゆうてましたけど」と言うと「あーそうでしたか〜ケラケラケラ」と大笑いされたと聞いた。
もちろん後で足りなかった分は支給されたが、当時の日能研はそういうふわふわしたところがあった。
また同じ頃、俺はすでに社員は辞めて、非常勤講師になっていたが、新年度2月分の給料が3月10日に振り込まれる約束になっていたが、10日にチェックしても振り込まれていない。
電話して聞いてみたら「講師の先生の新しい時間給がまだ決まってないんです、それで、振り込みが遅れているんです」との返事だった。
給与の振り込みが約束の日に行われないことは、他の会社でもあったのだが、それは倒産して支払えなくなったからで、きわめて異常な事態だ。
そういうことをやらかしてしまうゆるゆるなところが日能研関西にはその当時はあったのだ。
この締まりのなさが社員で、講師のストレスとなっていたのではないかと俺は思っている。