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古本屋日誌

2025-02-17 11:02:00

2000年1月に起きた、日能研関西の過労死事件のことだ。

 

課長だった酒井は部下の掌握、指導といった管理職の業務は不慣れで、性格的にも向いていなかったと思うのだ。

 

彼はそもそもゲームや碁、面白い本が好きな凝り性なところがあった。

 

アウトドアはダイビングやスカイダイビングに興味はあったのだが、実際にはやっていなかった。

 

 

ゲームについてはファミコンのF1タイムレースでは全国ランクがつくほどだった。

 

 

しかし苦手なジャンルに挑戦して腕を上げていこうという意欲はなく、例えば将棋にはまるで関心がなく、ヘボ将棋の俺と対局してもやる気を見せず、いやいややっている感満載だった。

 

歌舞伎、文楽といった古典芸能も嫌いで、正月に俺がテレビで見ていると「これは嫌だ」と言って帰ろうとするほどだった。

 

だから新しい、馴染みのないことをやるのは、彼にはストレスフルになってしまうのではないかと思うのだ。

 

酒井は1999年に同僚の国語の職員の徳永らと一緒にパソコンを購入している。(一緒に店でこうたらたくさん値引きしてもらえるのではと思ったからだ)

 

 

こうた当初は「なんか面白そうだ、テレビやらでは放送できないようなことも見れるんじゃないか」とよく期待するようなことを彼は言っていた。

 

 

しかし実際は、自宅に設置されたそれはほとんど使用されてはおらず、ワード文章には「日能研上本町校 室長 藤本」とあるだけだった。

 

 

そのくせ、会社ではパソコンを使用して図形問題を作画するように課員に伝えていて、いつの間にやらそういう技を習得していた。

 

 

機械系には強かったわけだが、その指示を課員に伝達して、しっかり統括してやらせる手練手管は持っていなかったと思うので、その点では大変ストレスがあったのではなかろうか。