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古本屋日誌

2024-08-07 18:05:00

1999年の12月に日能研関西(神戸に本部がある中学受験の進学塾だ)では冬期講習に向けた打合会が開かれた。

 

俺はこの塾で国語を教える非常勤講師であり、打ち合わせも終わり、同じ非常勤講師で算数を教えていた古田、正社員で算数を担当していて、部長の地位にある東と集まって飲みに行く相談をしていた。

 

 

東と私は大学時代からの友人であり、初めに日能研に入った彼の推輓で1995年から国語の教師になった経緯がある。

 

 

その翌年1996年に、やはり大学時代の友人である酒井も日能研に社員として入り、1999年時点で算数課のマネージャーの1人(課長待遇)になっていた。

 

 

いつも酒井を入れて3人で飲んでいたものだから、彼にも電話を入れてみたのだが『いま家に帰って洗濯している」というのだ。

 

 

なんでもこの日は、冬期打ち合わせの前に、灘中学を受ける予定の生徒を一箇所に集めて、合同授業を酒井もやり、忙しくて洗濯も出来ていなかったので家に戻ってやっているというのだ。

 

 

「それやったら待っとくよって、東と古田もおるし、こっち(摂津本山)にきてや」と言うと

 

 

「いや、このあと担当者で集まって宴会もあるし」

 

 

「そんなもん、行かいでええやん。そないな宴会なんかおもろないし、こっちで飲んだ方がええやん」と言うと

 

 

「そしたら東先生の方からゆうてもらわないと」と酒井は言ったのだ。

 

俺はその時この発言にショックを受けた。

 

京都大学農学部自治会や闘争委員会(A自、A闘)のメンバーであり、また熊野寮自治会の書記長までしていた彼がそんなことを言うのかというショックだ。

 

 

つまり俺は「宴会に出ないことを上司の東先生の方から会社に言ってもらいたい」と発言したと解釈したのだ。

 

それで横にいた東に「SKは東先生からゆうてくれゆうてるでー」と携帯を渡したら「ふん、そうなんか、それやったらな、仕方ないな」と話している。

 

 

俺は、あの酒井ともあろう男が、こんな情けないことをゆうてるで、お前もどない思う、ショックなんちゃうか❓という思いだったんだが、東はまったくそんな感じはなく、何事もなかったかのように電話で話しているのだ。