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古本屋日誌
2024-05-29 00:00:00
月刊誌『Hanada』に西村賢太としばらく半同棲だったという女の手記が載っている。
10ページくらいあって、読んで損はない。
なんでも2012年、38の時に西村のトークショーに参加して、電話番号を書いた紙を渡したら、しばらくしてショートメールが来て意気投合したというのだ。
その後2014年からの数年間は月の半分を女のいる岡山で過ごすようになり、つまりこれが半同棲ということなのだ。
西村は岡山でも昼の1時に起きて、しばらく寝床でぐずぐずしてから、朝食をとり、サウナに出向いて、仕事は夜中という生活パターンだったという。
俺が一番知りたかったのは、金持ちになって、なんぼでも余裕があったのに、見本まで作った藤澤清造全集が刊行されなかったことだ。
西村は口癖のように「没後弟子」と称していたわけだからね、全3巻の全集なんかいつでも出せたはずだ。
それをしなかったのは、藤澤の小説がつまらないからではなかろうか。
代表作の『根津権現裏』もゴテゴテして、筋も大したことないし、ギャグもあるのだが、独りよがりでしかない。そのことに賢太もさすがに気がついていたのではないのかと思うのだ。
さて、この恋人の手記の中で、その点については、どうかというと、はっきりした説明はない。
恋人の小林によれば「西村賢太が清造に対してどれだけ操を立てていたかは推して知るべしなのだ」とある。
その証拠として豪華な食事を前にして「清造に見せてやりたいな」と言っていたとか、賢太がちょっとフザけて、「清造先生❗️」とエアーで乾杯しているのも見たことがあるなどと書いてある。
でもね、確かに藤澤清造を崇めていたのはわかるけど、じゃあなんで全集は出さないのか、そこの説明にはなってないな。