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古本屋日誌
大学から提訴された明け渡し請求裁判に勝った吉田寮の本が出た。
『究極の学びの場 京大 吉田寮』というやつだ。
この京都大学の寮は建てられてから110年以上経っているそうで、大学側は寮生を追い出してしまおうと、京都地裁に明け渡しを求める訴訟を起こしていたのだ。
さて、本の中身だが、貧乏な学生に大学生活を保証する場であるとか、濃厚な人間関係を楽しめるとか、アジールみたいなものだとかいう話を、元寮生で、今は大学の先生だという連中が書いている。
全く古臭い、何時代の話なのか、理解に苦しむ。
吉田寮には上回生にも敬語を使ってはいけないとか、多数決で物事は決めず、とことん話し合うとか、新入生はしばらくの間は入る部屋を決めずに集団で生活するとか、宴会では酒を無理に勧めないとかいろんな決め事があったとある。
俺は長らく熊野寮に住んでいたけど、こういった決め事は熊野にはなかったな。
年上に敬語を使わないのは理解できない。要するに、子生意気なガキを認めてやれ、ということで、中身のないバカを「可愛い」と思って多めに見てやれという話なんだろうけれど、俺にはそんな度量はない。
多数決で決めない、話し合うとのことだけど、それでああいう左がかった感じに、寮生全部がなってしまうのはなぜなんだろう。真面目に考えていないか、想像力がないか、そもそも頭が悪いからだろう。
だいたい吉田寮はずっと新寮を建てさせるという方針で大学に要求を出していた。
それがいつの頃からか、今の、築110年になる建物を保存、改築してやっていくように要求し出した。
この転換はどう話し合われたのだろう。
そこが知りたいのだが、この本には全く書いていない。
俺は古い建物をそのまま使うのは、素晴らしいと思っている。
大阪なんか、何でもかんでもすぐ壊して、適当などうでもいいのを建てて、得意になってる連中ばかりで、どうしょうもないからだ。
天王寺公園なんか、明治の内国博覧会の時に手間ひまかけて作った巨大な植物園が、空襲で焼けもせず、巨大な温室含めて残っていたのに、すべて取り壊して今は跡形もない。
今の大阪城ホールのところには元は大阪造幣工廠本館が残っていた。
明治6年に作られた壮麗なレンガ作りの建物で、敗戦前日の1トン爆弾による猛爆にも耐えて残っていたのに、大阪市は反対運動を気にして、5月の連休中に破壊した。
明治6年の建築なんかそうそうあるものではなく、普通に考えたら国宝級だと思うのだが、頭のいかれた大阪市の役人どもにはそうは見えないようだ。
だからね、第三高等学校からの吉田寮の、建物は魅力的だよ。
一世紀をけみして、板張りの廊下は鶯張り顔負けのたおやかな音を奏でる。
雨音が屋根をこだまするのは心地よい。何より年輪を重ねた柱は、えもいわれぬいいアメ色に輝いている。
また、この部屋にノーベル賞の益川先生が学生部長の時に来たんですとか、ここは菊池寛が親友の罪をかぶって放校処分を受けたきっかけの部屋ですとか、ここは後に日銀総裁になる〇〇の部屋でしたとかの話でもいいんだけど、そういうネタもこの本にはない。