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古本屋日誌
吉田満は東京帝大の法学部を出て、予備学生となり、戦艦大和に電探担当で特攻の際も乗り組んでいた。
九死に一生をえて、例の『戦艦大和ノ最期』を著した。講談社文芸文庫に収録されていてロングセラーだ。
この作品ははじめは一晩で一気呵成にノートに書き上げられたのだが、GHQに発売禁止とされてしまった。
文庫所収のものは、のちに「決定稿」としてかなり増補されたものだ。
では元のノート稿はというと1981年に江藤淳が文藝春秋からだした『落ち葉の掃き寄せ』に載っているのだ。
今回その本を手に入れたので早速読んでみた。
気になっていたのは例の日本刀による手首切り事件のことだ。
文庫本には、大和が撃沈された後、駆逐艦初霜が救助艇を出して、洋上に漂う乗組員を収容したのだが、すでにボートは満員なのに、なおもたくさんの将兵が助かろうと舷側に縋りつき、転覆する危険があったので、乗員が刀を抜いて縋る手首を切り落としたとある。
この話はノート稿ではどうなっているかというと、話そのものがない。
むしろ駆逐艦は、洋上に漂う兵隊が見えなくなるまで捜索を続けていたとあるのだ。
この他にも、吉田満が沈没する大和の大渦の中で苦闘している際に、ノートではただ音楽が聞こえたとあるのが、決定稿ではバッハをきいたことになっていたり、出撃前の論戦が増補されていたりしている。
やはり決定稿はかなりフィクションも混ぜた文学作品なんだろう。
有名な、夜食が汁粉のところ(出撃して、昼前になって吉田のところに伝令の兵隊が来て「夜食は汁粉ですよ‼️」と大喜びで伝えたいというエピソード)もかなり増補されている。
ノートでは伝令が「嬉々として」情報を伝えてきたとあるだけだが、決定稿にはこの伝令が少年兵であり、糸切歯をのぞかせて、手柄顔だったとある。
また汁粉は、夜食として圧倒的に人気があるメニューであるとか、少年兵はそれに心奪われて、近くに苦悶の表情を浮かべている老兵がいるのに眼中にないともある。
要するに決定稿はかなり文学的脚色が加えてあって、それはそれとして価値のあるものだが、ドキュメンタリーとして読むことはむつかしいということだ。