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古本屋日誌
2024-03-23 01:00:00
藤澤桓夫という小説家がいて、大阪高校から東大に入り、文士になったが生涯大阪に住んだ。
先日、新潮文庫に昭和15年に収録された『大阪』を読んでみた。
話は大大阪時代で、三角関係を経て結ばれるというだけのもので、感心するようなものではなかった。
ストーリーも極めてご都合主義オンパレードで、よくこれで本にしたものだと思わざるを得なかった。
ただ昭和の初めの大阪の風俗で学ぶ点があったのはよかった。
船場に居住する大店は大気汚染に耐えきれなくなって、岡本や芦屋などに本宅を移したことはよく知られている。
彼らは戦前から東京志向が強く、井上章一が指摘しているように、そのモダニズムなるものは東京のモノマネだ。
また神戸一中や関学、灘などの進学校は三高ではなく、一高志望だったことも知られている。
この小説では「まあ!あたくしなんぞもう時代遅れで、皆様の前へ出していただく柄ではございませんわ」という話を帝塚山の有閑夫人が話す。
藤澤はこの会話を示して、彼ら、彼女らは客に対しては大阪弁を使わないというのだ。
今の大阪の大衆は、東京にそもそも対抗心を持っていないし、素晴らしくアーバナイズされたスポットとして憧れを抱いている。
パッとしない大阪を尻目に東京に憧れる自分の立ち位置を快いものと考えているわけだ。
昭和の大大阪時代にも全く同じような構図が、少なくともブルジョアジーにはあったことが確認できる。