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古本屋日誌
昨日、天満で友人と飲んだ。
境川部屋の後援会を世話していたマスターのやっている『天満酒蔵』に15年ぶりくらいで行ったのだ。
マスターはいなかったが、ビール大瓶が400円、はまち、たい、かんぱち、いかのつくりがそれぞれ400円、湯豆腐は200円で相変わらずうまい。
友人は長らく奈良の零細企業で旋盤工をしているのだが、以前はiPhoneなどの型番の加工などもあったのだが、このところそういう金になる受注はなく、50すぎて年収も300切るくらいまで落ち込んでいるというのだ。
彼は熟練工なんだから、ボーナスすら出ない時期もあった会社に義理なんかないと思うのだ。
さっさと辞めて、もっといい条件の会社に入るか、自分で儲けるかした方がいいと思うのだ。
「俺には、そんな才能やら力やらないからね。今の会社に不満はあるにせよ、それをはっきり言うたりしてもなあ」
「わがで仕事やる言うてもリスクもあるし」てなことを言う。
俺は職人というものは、ボヘミアンみたいなもので、自分の腕を頼りに、いろんな工場や街をへめぐってるような印象がある。
待遇に嫌気がさしたり、人間関係に行き詰まったら、さっさと辞めて、次の街へ流れてゆくみたいな感じだ。
だから彼の、職人がらしくない、その辺に転がっているリーマンが言いそうな言葉にちょっとびっくりしたな。
職人といっても、リーマンみたいな感じなのかもしれない。
また、彼は自分には才能なんかないと言うのだが、そうだろうか❓
才能など大半の人は持ってない。
仕事は需要と供給の関係でしかなく、需要があれば、それに合うものを提供したらいいだけだ。
小説の世界なんか、本屋に並んでいる山積みの書籍など、おれに言わせれば資源の無駄であり、何の価値もない。
才能などまったく感じられない。
その程度の小説でも、需要があるから、出版されているのだ。
音楽業界だって、需要がものすごくあるから、つまらないものでも金を取れるというだけの話だ。そのことを彼にも話してみたんだが、
「そんなことはないでしょう。音楽関係なんか厳しい思いますよ」と言うのだ。