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古本屋日誌
大阪は地方新聞がない土地だ。
京都には『京都新聞』があって市内で36万部を発行して、そのシェアは依然として50%近い。神戸には『神戸新聞』、このシェアも相当なものだ。
名古屋には言わずと知れた『中京新聞』、東京にも『東京新聞』がある。
沖縄など『琉球新報』などのシェアは9割近くに及んでいる。
もともと、『朝日新聞』『毎日新聞』『産経新聞』などは大阪で発刊されたものだ。しかし、今は全国紙となっていて、それが大阪の新聞だと言えるわけもない。
唯一残っていた夕刊紙の大阪日日新聞も休刊となる。
地方新聞にはその地域だけの情報が掲載されている。
例えば亡くなった人の名前、住所、年齢を一覧で掲載している。
これで「親戚のいとこ、やっぱり死によったんやな」ガセでないと確認するのだ。
大阪の場合は、大都会なのでそういう情報はそもそも求められない。
同時に歴史や伝統も重んじられない。
つまりアメリカと同じだ。
今現在だけに目を向け、歴史的なものは無視する。スクラップアンドビルドを心がけて、著しく未来志向だ。
しかし、それは最近の傾向なのだ。
徳川時代は、河内名所図会を眺めると、名産品として土器や遺物があがっていて、小屋掛けして、古墳から掘り出してきたもの(土器、かわらけなど)を販売している絵がある。
また大仙陵古墳は内部に入れたし、墳丘にはたくさんのサクラが植えられ、花見シーズンはとりわけ多くの人で賑わった。もちろん茶店も設けてあった。
だから京都同様に、歴史は金になることはよくわかっていたのだ。
それが明治になって天皇制が再編されて、おかしな方向にタブー化が進み、古墳の発掘も調査も内部へ立ち入ることも許されなくなり、大阪は一転、観光資源を失うことになってしまった。
さらに、船場の旧市街は、大東亜戦争の空襲で焼け野原となってしまったし、四天王寺や大阪城も戦禍を受けてしまった。ことここに至るや観光で身を立てることは不可能となった。