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古本屋日誌

2023-05-22 14:25:00

中学受験の進学塾である日能研関西で起きた1回目の過労死事件のことを考えている。

 

 

1999年の12月にあった冬期講習打合会の日のことだ。

 

 

先に述べた通り、過労死した酒井は灘クラスの合同授業の後、帰宅して溜まっていた洗濯物を洗い、その後灘の担当者が集まる宴会に出た。

 

 

その際わしが、くだらない宴会など出る意味はない、わしらと飲もうよ〜と誘ったのだが、「(自分の上司の)東先生から宴会には出ないと上にゆうてくれ」と言って断ってきた。

 

 

わしはこの言葉に強い違和感を抱いたのだ。

 

 

ただ、その後、日能研関西という会社では、宴会も仕事の一部のようなところがあるのではないかと思い直した。(どこの会社でもそうかもしれない)

 

 

つまり自分が受け持っている生徒の学力や現状を報告し合うとか、次回の会議の日程を調整するだとかは、宴会の場で日常的に行われていたのではないかということだ。

 

 

そうなれば、宴会に出ないと、生徒の様々な情報が得られないし、また改めて会議の日程を電話なり、メールなりで調整しなければならず、面倒ということだろう。

 

 

だが、それにしても酒井は自分の発言が相手にどう取られるか、よく考えていた人だ。

 

 

わしに「(上司の)東さんから出なくていい旨、上に言って欲しい」などと言ったならば、(熊野寮自治会の書記長でもあり、農学部のA自、A闘でもある人間が)自分の思っていることを上に言えないのか❗️)てなことを思うだろうことぐらいわかりそうなものだ。

 

 

そこにすごい違和感があるのだ。

 

つまり、人に誤解されたくないとか、正しく理解して欲しい、と人は思うものだ。

 

しかし、ある組織の常識にとらわれたら、その価値観の中でものを考えるようになる場合もあるだろう。そういうことなのかもしれない。