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古本屋日誌
日能研関西(中学受験の進学塾)の過労死事件の話だ。
くも膜下出血で死んでしまった、算数課マネージャーの酒井は、つまりは相手の反応を読んでしゃべる人だった。
こういう話をずっとしてるのは、よくわからないことがあるからなのだ。
それは1999年の12月に冬期講習の打ち合わせ会があった。
俺は非常勤講師なので、打ち合わせが終わればやることがなく、早上がりになっている職員や同僚の講師と飲みに行くことになったのだ。
酒井は、灘クラスの合同授業をやって、それが終わったらやることもなさそうなので、電話をかけて飲みに来るように誘ってみた。
「これから、家に帰って溜まっている洗濯を済ませないといけない。そのあとは灘の担当者の宴会がある」
というので「そんなどうでもいい宴会がなんかでる必要なし。こっちへきてや」と返すと
「そしたら、東さん(酒井の上司、わしと酒井の友人でもあって、その時わしと一緒にいた)のほうから上にゆうてくれるんやったら」という。
この言葉を聞いて、強い違和感を覚えたのだ。
たかが会社の宴会だ、そもそも出てやる義理もないんじゃないか、俺はそう思っている。
そんな下らないものに出ようとする姿勢がまず理解できない。
さらに不思議だったのは断りを自分では上に言えないという態度だ。大の大人のゆうこととは到底思えない。
俺はビックリして、何もいえず、すぐに横にいた東に電話を渡した。
「ふーん、そうなんや、それやったらしゃーないな」みたいな受け答えで、東はショックを受けている風は全然なかった。
その後、酒井は帰宅して洗濯を済ませてから、灘クラスの担当者の宴会に出た。
われわれは何人かで飲みにいったのだ。
さて、この東の対応なんだが、ビックリしているようにはまったく見えなかったし、その後の飲み会でも話題にも上らなかった。
ということは灘の宴会なるものは、実は宴会ではないのではないか❓と少し思い直した。
つまり飲み会なら、慰労だから、仕事のことは忘れて和気藹々やりましょうてなもんだろうが、この宴会はそうではなく、確かに酒は出るものの、実態的には仕事なのではなかろうか。