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古本屋日誌
日能研関西は中学受験の進学塾だ。
この会社ではこれまで2回の過労死事件が発生している。
1回目は2000年の一月で、当時算数課のリーダー(課長にあたる)だった酒井がくも膜下出血で死んでしまった。
彼は発症するまで50日以上休んでいなかったようで、これは労務管理の上で、重大な問題だ。
酒井は私の大学時代からの友人であり、京都大学農学部で学び、長らく熊野寮に住んでいた。
この学寮に住んでいる学生はあまりの住み心地の良さからなのか、勉強もしないバカばかりだった印象がある。
また新左翼系の学生運動の拠点でもあって、酒井は一時期、熊野寮自治会の書記長を務めていた。
この話は何を言いたいからかというと、酒井が珍しくなかなか繊細なところのある男だったということなのだ。
酒井も私も不勉強な上に、大した才能も持ち合わせておらず、よくあるパターンで塾の先生になった。
受験戦争の御先棒をかつぐことになったわけで、現実は厳しかったのだ。
日能研関西で小学生に受験勉強を二人とも教えることになったのだが、俺は元々全く勤労意欲を持っていなかった。
(なんで仕事なんかしないといけないんだろう)という無内容で虚無的なやる気のなさがあったし、マイペースな人間なので、仕事上でも顧客(つまり小学生のことだ)に合わせることが上手にできない。
ある時酒井に「受験の指導なんかなあ、なんか違うよね」、と指導力がなくて困ってるのをすり替えて話すことがあった。
酒井はそれくらいのことはすぐわかっていたようだが
「そら、あんたがちゃんと仕事してないからだろう」てなことは言わない。(本当はこう言わないといけないんだけどね)
「でもね、算数なんか別に子どもはやらされてる感はないけどね。嬉々としてパズルを解いてるみたいな感じだよ」と言ったのだ。