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古本屋日誌
先日BSで帝国海軍の空母信濃を取り上げた番組があった。
信濃は大和型の巨大戦艦の3隻目として作られた全長が240メートル以上もある空母だ。
しかし進水からわずか一月半ほどで、潜水艦から4本の魚雷をくらい撃沈されてしまった。
一方、2番艦の武蔵は20本以上の魚雷が命中して水平に沈没した。
それに比べるといかにも脆弱な印象を否めないよなあ。
やはり敗戦間近の帝国海軍には堅牢な軍艦を作り上げる資源もノウハウもなかったのだろう。
なんでも大和型の艦船は、魚雷の直撃にも耐えられるように41センチの厚さの鉄板を溶接した上、リベットで貼り合わせたものが装甲に使用されているという。
だから武蔵は魚雷がたくさん命中しても装甲は破られなかったのだ。
しかし20本からの魚雷が命中してしまうとリベットも破断して浸水してしまう。
装甲が歪んでしまうと、内側、つまり艦内に鉄板が食い込んで、艦の中央にそびえている梁を、破壊してしまうのだ。する時右舷も左舷も、つまり全艦が水浸しとなって水平に沈んでしまうわけだ。武蔵はそのようにして沈没した。
しかし、信濃は艦橋のある左舷に魚雷を受け、大量の海水が流入して、大きく傾き転覆してしまった。
つまり艦の中央にある隔壁は損傷しておらず、そのために右舷は軽くてアンバランスになってしまったわけだ。
信濃の艦長は元は駆逐艦の指揮官だったとのことで、空母のような大型の艦船の知識はなかっただろう。
レイテでの武蔵のことは聞き及んでいただろうから、魚雷を20本以上くらって、やっと沈んだことも知っていたろう。
駆逐艦とは比べものにならないくらい巨大な航空母艦だし、同じ大和型の戦艦武蔵は猛攻に耐えたわけだから、魚雷をたった4本くらったのなんか、何ほどのことであろうかと考えたのは無理からぬところだ。