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古本屋日誌
2022-10-02 12:59:00
向田邦子は昭和の凡人たちにインタビューしてそのルポを書いたことがある。
『眠る盃』に収めてある「男性鑑賞法」だ。
凡人の波風多い人生を天才作家がどう描くのか、興味深いよなあ。
尾崎正志という版画の摺師の回がある。こんな具合だ。
「しかし、彼の経歴を聞くと、決して同じことの繰り返しはない。
父親が趣味で版画をやっていたこともあり、幼い時から馴染んでいたが、芸大の三次入試を前に、事業家だった父が倒産。
上京して板金工、牛乳配達をしながら、ほとんど独学で摺りの技術をマスター。
四十人中一人の難関を突破して文化庁の留学生としてフランスに一年留学。
十九歳で結婚。二十四歳で離婚。
帰国して工房をつくる。仕事は順調ー。
ナミの若者の十年分を五年でやってのけている。
彼は無駄なレースをしていない。
大学や就職という、他人との競争をやめて、自分だけのレースを、自分との人生競走、一生の仕事に選んだ『色』との闘いに賭けたのだ。
弱い動物ほど群れをなして生きる。
大学の卒業名簿や肩を組んで人生の応援歌を合唱する安らぎを捨てた男の自信といさぎよさが素敵である。
それにしても、白系ロシアの血が混じるという色白の端正な横顔に、少年の無邪気と老成が同居しているのはどうしてだろう。
二十五歳にして、自分の中に眠る才能の鉱脈を見つけてしまった、カンの鋭すぎる人間の持っているさびしさと虚しさなのだろうか。」
初めに簡単に略歴を述べて、後は繰り返し自分の思いをたたみかける。彼の人生は自分との闘いだと。
そしてわれわれ、つまりごく普通の凡人と比べて分析をする。
学歴を得て安心したり、学生時代に友人とモラトリアムを楽しむみたいなレベルではないんだと。
ただ、最後の顔の話は向田邦子の男の好みを吐露したものだろう。