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古本屋日誌
森茉莉は1987年に亡くなっているから、もうそれから40年くらい経っている。
しかしいまだに文庫本が筑摩書房や新潮社、河出書房などから入手できる。
これは稀有なことだよな。
亡くなって数年もすれば単行本も含めて新刊書店で入手できなくなるのが大半の作家の運命だからだ。
晩年の「ドッキリチャンネル」は「週刊新潮」連載のテレビ評だから、ナンシー関がやっていたのと似ている。
ナンシー関は、もちろん天才で、寸鉄人を刺すようなイメージがあった。
つまり贅言を要せず、溢れる言葉を削りに削って本質をズバリ言い当てる剣士だったわけだ。
これはこれで心打たれるが、贅言なし、話が膨らむこともなかったから、年月が経ってしまうと、書いてある内容にリアリティが感じられなくなって、衝撃度が落ちてしまう傾向がある。
ところが森茉莉は、その正反対で話がいろんな方向に飛ぶ。
彼女の感じたことを正確に伝えようと、故事成語や漢籍、諺、エピソード、そして卓抜な比喩を駆使する。
本筋の芸人批評はそれとして、この追加されている枝葉の面白さが際立つので、読む方はついつい釣り込まれて読まされてしまうのだ。
「或る日犀星(室生犀星のこと)から、亡くなった夫人の句集が送られて来た。たいへんにいい句があった。次に犀星の家に行ったとき、礼を言い、そのことを言うと、傍にいた朝子が「随筆集もあるんですよ」と言った。
すると犀星は、小さな手焙りに両手をかざしたまま固まってしまった。
こちこちになってしまって、自分でもどうにもならないらしい。
真鍮の手焙りと一緒に全身が固まってしまって、まるで手焙りに掌をかざしている、犀星の銅像のようである。
(中略)
二分くらいも経っただろうか、ようよう犀星の固まりは解けて、もとの生きている犀星に還った。
唇元をへの字にしたまま動かなくなった犀星の顔、動かぬ掌、体、それは彫像と化した犀星であった。
ふと、固まりか解けて、表情が還って来た時の、ホッとした気持は、忘れられない。
犀星は夫人の随筆集を気に入っていなかった。それを私に言って貰いたくなかったのだ。その二分程の時間の長かったこと、今思い出しても自分の体が固まって来そうになるほどである。」
おもしろいよね。