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古本屋日誌

2021-11-17 14:11:00

文藝春秋から樋田毅の「彼は早稲田で死んだ」が出た。

1972年に学内で起こった川口大三郎殺人事件の顛末を当事者が書いたものだ。
川口は中核派のシンパだとされて当時早稲田大学を支配していた革マル派に殺された。
著者は早稲田の2回生だったんだが、憤激して学園の暴力支配を許さない❗️とばかりに新しい自治会を作ろうと奮闘する。
しかしその過程で学内で革マル派に襲われ両足や腕を鉄パイプで滅多撃ちにされて重傷を負うことになる。それでもしばらくは自治会運動を続けた。
著者は暴力に対抗するためとしてこちらも武装して対抗していたのでは意味がないし支持も得られないと考えてあくまでも非暴力を貫き通したのだから大したものだ。
このおよそ半世紀も前の事件に関して、革マル派の幹部であった大岩さんに著者は粘り強くアプローチして対談にこぎつける。その模様も逐一記してあってなかなか興味深い。
その中には「やられたらやり返す」の精神が溢れている箇所がある。
1972年のある日著者は学内でビラまきをしていたら革マル派の大岩さんがやってきて
「おい樋田❗️お前は暴力支配とかビラに書いてるがその本当の意味を教えてやろう❗️」と大声で恫喝されながら自論の講釈をたらられることがあった。
樋田はこのことを半世紀後も決して忘れておらず恐怖に慄いていたのだがその日のことを当事者の大岩に覚えているか聞いてみたら
「いや、覚えてないです」
というわけだ。
そして著者は自身が革マル派に重傷を負わされた話や、川口大三郎を殺したとして逮捕された革マル派のメンバーが進んで罪を認めて謝罪したこと、事件後早稲田のノンポリ学生が暴力追放に立ち上がったことなどをたたみかけるように大岩に話していく。
当初は「われわれからみたら暴力追放と言って学内に集まっている学生が一般学生なのか、セクトの反対派の連中なのかわからない。」とか「やはり暴力に反対している連中は対抗するセクトのやつらだとしか思えなかったわけです」と言っていた。
しかし樋田の剣幕に押されてか最終的には
「本当に申し訳なかった。すみません」とあやまることになる。

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