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古本屋日誌

2021-11-16 16:04:00

京都は根っからの観光都市だ。

寺社仏閣巡りや石庭を訪ねてこころゆくまで旅行を楽しんでいる。
ただ井上章一の書いている通り1980年くらいまではお寺巡りごときではみんな満足しなかった。
木屋町通りには風俗店が櫛比して、夕方からはひつこい呼び込みがあったし、五条楽園は遊郭だ。料理は昔も今も大したことはなく、美味しくない上に観光地料金で高い。
われわれも1983年の五山送り火の際、びっくりするような出来事があった。
川端丸太町の鴨川の河川敷で、左大文字の送り火を見ようとすずなりだ。
ここから熊野寮はごく近くて4階の屋上からはきれいに送り火が見れることを知っているので
その辺にいた二人組に
「あんなあ、この近所の4階建ての熊野寮ゆうのがあるんやけど、そっからやったらもっときれいに見えるよってあんたらも見にけーへん❓」といつものように誘ってみると
「いくいく行く❗️❗️」とてくてく歩いて4階まで登って美しい送り火を見た。
「これから飲みに行かへん❓」
「嵐山でね、精霊流しがあってね、嵯峨野で一泊して明日は瀬戸内さんのお寺行って、芭蕉のとこ行ってて忙しい忙しい」てなことをおっしゃる。
なんでも東京からこの日のために有休を取って旅行代金もなけなしの給料から捻出して喜び勇んで京都観光に駆けつけたんだと言うのだ。
そうなのか、大文字の送り火や嵐山の精霊流しそのものを目標に日々仕事に励む連中がいるのか❗️
実は私の従兄弟は結婚式でこう語っていたのだ。
「私たち2人の出逢いは京都の大文字焼きでした。その日に出かけて河合橋から左大文字をちゃっちゃと見て『〇〇さん、俺と真剣につきおうてはくれまいかな❓』と告りましたよ」
つまり送り火なんか単に恋の舞台装置で、雰囲気をかもしだすために利用してやったワイ❗️ということだ。
それが大阪の人間の普通の感覚だったんだが、どうも世間には全く違うへんなことを思い浮かべている連中がいるもんだ。

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