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古本屋日誌

2021-06-12 21:35:00

平安神宮で来週の土曜日から古本市がある。

京都では久しぶりの大規模な古本市で面白そうだ。

この古本市の運営にかかる経費300万をクラウドファンディングでまかないたいと募金を募っている。その煽り文句なんだが次のようなくだりがある。
 
「本を読まない、と言われ続けて久しくなりますが、とどめを刺したのが「不要不急」。「不要」なものの一つとして古本が取り上げられ、色々な面で生きにくくなってしまいました。『何で古本屋なんかやってるの?』とか『もっと今の世の中が求めてる商売ってあるやん?』とか言われます。古本屋が人にっとって必要なく、無駄であるかのように」
 
うーんそうなんかなあ。
本を読まないのは当たり前で、くだらない本の方が多いし、ゲーム、スポーツ、旅行、映画その他ありとあらゆる娯楽が用意されている中で本は落ち着くところに落ち着いているだけですよね。
昔は娯楽が少なかったからくだらない本も出版されていたが、それは紙資源の無駄なので、今の方がよっぽどマシだ。
古本屋に「何で古本屋なんかやってるの❓」とイチャモンつけてくるバカがいるそうだけど、本当なのかね。
俺には到底信じられないけどね。
仕事なんだからお客さんに満足してもらえるかどうかが基準なわけで、他に世間に役に立つ仕事かどうかとか求められている仕事などというものなどあるわけもない。
俺は古本市の設営や運営はしたことないけど、ちょっと想像しただけでも倉庫から大量の本を選び出して値付けして、ダンボールに詰めたり、ひぼで結えたりして、また赤帽に頼んで会場まで運搬してもらう。
さらに雨風でも大丈夫な本棚を組み立てて本を並べて、ようやく古本市開催となり、終わったら終わったらでまた残った大量の本をダンボールに詰めて倉庫まで運んで積み上げるわけだ。その天文学的な労力を考えたら古本市など全く割に合わないように思える。
それを敢えて開催するのは先祖代々受け継がれた「古本市でお客さんにこうてもうての古本屋なんや‼️」などというおかしなDNAの為せる技だろう。


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