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古本屋日誌
2021-05-09 11:35:00
斎藤光の「幻のカフェー時代」が淡交社から出た。
大正末から昭和の初めに隆盛を極めた京都のカフェー事情を図版を交えて詳細に記した労作だ。
1922年に京都日日新聞が実施した「女給人気投票」は市民の間で大盛り上がりでトップの女給は44万票も獲得し、全得票数からすると京都市民の7分の1が投票した計算になるそうだ。
つまりかつての京都観光は昼間は確かに社寺仏閣詣でだったろうが、夜間はエロ全盛だったことがよくわかる。
これはこれは井上章一が縷々説いていることで、徳川時代からの京都の観光の伝統だった。
ところが1980年代の半ばあたりからエロ抜き、純粋に社寺仏閣詣がしたい、枯山水で癒されたいなどというこれまでなかったような種族が京都を訪れることが始まった。
そういえばちょんのまで有名だった五条楽園はもうないし、1990年代にはあれほど猖獗を極めた木屋町通りのキャバクラや風俗店の客引きも全てなくなったよなあ。
例のノーパン喫茶も京都発祥であるのだが、大阪であるかのように語られてしまっている。
京都の人たちもエロの伝統を消し去りたいと思っているのか大阪に取られても平気なようだ。
観光は寺社仏閣、庭園を巡るもので後は高い金を厭わず、よく考えたら値段に釣り合わない味でしかない料理をありがたがって食べるものだという価値観が1980年ごろから蔓延しているのだ。
新幹線や飛行機の金を負担し、時間も相当とられてようやく京都に到着して、さて待っているものは寺社仏閣とまずくて高い料理なんだから、普通に考えたら繁盛するわけない。
しかし時代がそれを「癒し」であり「休日の過ごし方」だと刷り込んできて大衆は容易に染まってしまって今があるわけだ。
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