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古本屋日誌

2021-03-22 22:06:00

数年前に城東区役所が発行した「大阪大国技館と大相撲」を入手しました。

昭和10年代に関目に突如出現した25000人収容の国技館の盛衰を詳細につづった本です。

ここは69連勝の双葉山が横綱となった地でもあるし、東京の国技館を遥かに凌ぐ収容人員の巨大な施設でもあって興味深い。

私がかねてから不思議に思ってきたのは円形のドーム状の鉄骨四階建ての国技館を建てる金がどこから出たのかということです。

この本によるとそれは阪急方式なんだという。

つまり小林一三が特に需要もないところに鉄道を敷設して、終点の宝塚に温泉やら歌劇やらの集客施設を作り需要を作り出していくやり方だ。

関目の国技館も同時に周辺を開拓して新興住宅地として売り出して儲けていこうとするものだった。

ただ関目は城北運河近くで工場群が誘致されていて千日前のような享楽の巷ではない。いくら相撲が人気だとはいえ、生の力士を売り物にして客が呼べたのだろうかと疑問を感じずにはおれない。

また大阪国技館は他にも尼崎に建築が予定されていて当時の新聞には起工式を行ったとの記事もあるのだが、資材の高騰が原因で尼崎は中止となったともある。

考えたら尼崎は大阪市内で禁止されていたダンスホールが櫛比していたアミューズメントエリアだから、何もない関目なんかよりは客を呼べたのではないかとも思える。


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