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古本屋日誌
戦後の日本ではかつての戦争を肯定的にとらえることはあまりよろしくないとされて、撃墜王の坂井三郎にせよ、特攻隊の関大尉にせよ、偉人とされることはない。
また新聞、雑誌はこぞって鬼畜米英とデマ記事の作成に精を出していたし、作家も高村光太郎にせよ、川田順にせよ、北原白秋にせよ戦意高揚の文をものしていたが、これらはでたらめを垂れ流していたとか侵略戦争に加担していたと批判される。
しかし侵略戦争なのか、自衛戦争なのかという価値判断は現代のわれわれが一方的に今日の時代情勢に即して行っていることで、完全に後出しジャンケンだ。
おかれた時代の中で苦悩しながら選択していった熱情は評価しなければいけない。
熱情やガッツを否定するならわれわれの時代のスポーツにかけるそれや、仕事にかける意気込みも否定しなければ理屈が通らない。
ブラタモリで人気復活の吉田満の」戦艦大和の最期」でいえば
出港前夜、甲板で行われた宴会で、いくらなんでも沖縄に行き着けるとは思えないから、出撃そのものが無駄でそこで死ぬのは犬死にではないかとの叫びに結局「それは確かなんだが、われわれが死ぬことで本土の皆が少しでも救われるではないか」との声で納得したようになっている。
これは真実なのかもしれないけど、いかにもきれいごとだよなあ。
合理的に考えれば沖縄に向かって敵機を引き付けたとしてもたかが知れている、(実際大和は2時間くらいで撃沈されてしまった)その程度の価値しかないものに3000人からの人名をかける意味などあるわけない。
だから本当はいろいろ反論が出て殴り合いになったやもしれない。
鬼畜米英を罵る声が鳴り響いたことだろう。だってあまりにも戦力差がありすぎて、それをかさにきて攻撃してくる米兵は正義にもとる存在だよなあ。
最終的には上官の権威とか腕力とか泣き落としとか、酒の勢いとかそういうものでうやむやになったのかもしれない。
最後の救命ボートの話もそうなんだが、GHQ統治下という制約上、アメリカを声高に罵る記述は許されないし、そのバランス上帝国海軍を悪様に書くことは必要だった。
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