Welcome

古本屋日誌

2020-07-12 18:20:00

このところのコロナ騒動で買取の依頼は非常に多かった。お客さんも家にいる時間が長いせいか掃除でもしてみるかという気になって見渡してみると、読んでもいない本がいくらでもあるから引き取ってくれということなのだ。

さてご自宅に伺って拝見したら、当たり前のことだがほとんどは商品にならない本ばかりで、つまりは粗大ゴミの処理になってしまう。

これは資源の無駄でもあるし、そもそも商売として問題がある。うちは古本屋なんだから本を売らないといけない。粗大ゴミの処理はその道のプロの仕事であって他人の商売の邪魔をしてはいけないはずだ。

もし店舗がそれなりの立地にあったなら、ダンボールごと廃棄されてしまう本も十分売ることができる。店頭で100円均一や50円均一にしたら問題なくさばけるわけだ。佐伯泰英、宇江佐真理、田辺聖子、司馬遼太郎、黒岩重吾など問題なく売れる。

だだ諸経費が膨大で、賃料、人件費、光熱水費その他とうていありえない金額に上ってしまう。

店舗以外に例えば地元のスーパーの駐車場、駐輪場でちょっと場所を拝借して週に1回とか月に3回とか臨時の古本市を開くことは理屈の上では可能だ。これなら100円均一で流通量の多い本も捌くことができてエコだよなあ。

ただ問題は臨時の古本市を毎週開催するための労力と気合だな。均一本を倉庫から出して段ボールに詰めるか紐でゆわえ、ハイエースに積み込み、えっちらこと運転してスーパーに乗り付けガードマンさん、店長や主任さんにご挨拶差し上げて、おもむろに段ボールを取り出し、その前に本棚を組み立てる、完成したらどんどん販売して残りは「お疲れ様でした〜」の声とともにまたダンボールに詰めてハイエースに運び込み、ブブーと運転して倉庫到着、下ろして整理するという想像しただけで気が遠くなる作業が要求される。

結局コロナ騒動で分かったことは、店を開くとか古本市を開催などしなくても、通販で本はいくらでも売れるということだ。

そもそも本はデータベース化されていて、必要な基本書はちょっとまともな人間なら分かっているわけで、いちいち必要な本がある可能性などゼロに近い実店舗の古本屋や古本市に出かける意味がないのです。

今後は古本屋の通販化の流れは一層激しくなり、店舗を構えた古本屋は特殊な需要に特化した専門化していくことは間違いない。

iPhoneから送信