Welcome
古本屋日誌
2020-07-01 21:53:00
山田稔の「天野さんの傘」には「裸の少年」と題したエッセイがあって、戦時中、京都一中の2年で海軍兵学校に志願したことを振り返る内容だ。
山田は英語が好きで海兵なら英語教育が戦時中も行われていることを知っていたので志願したが、体重が35キロ程度しかなく弱々しくて不合格となった。
同じ年齢で予科練に志願した青年はたくさんいて、やがて戦争末期、この予科練や学徒兵から特攻隊に志願させられる者が多く出た。戦争指導者の考えとして予科練は幾らでも代えがきくのだが、海兵の出身者は多大な時間を使って教育を施していたそう簡単に死なれてはこまるからだった。
予科練に志願した青年は正真正銘の軍国少年で、それこそ真面目に国を憂い、命がけでアメリカを倒そうとした。自分は単に英語が勉強できるというたわいもない理由で志願してという悔恨だ。
これは戦争に協力してしまったと後悔しているわけではない。そんなもの平和ボケした今から振り返って批判しているだけでなんの意味もない。
海軍兵学校や特甲幹に志願する人間は、まあ「楽をしたい」とか「新兵扱いで殴られたくはない」というのが志願理由なんだが、それは人間としてごく普通の感覚で、これまた批判しても意味はない。
むしろ問題なのが予科練に志願する血気盛んな若者のことだ。大東亜戦争の大義を教えられて、極めて素直に信じ込む、周りの大人やマスコミが宣伝することに容易に寄りかかっていく。
こういう心持ちは純な子どもに極めて近く魅力的でもあるし、人間的には好感が持てることは間違いない。でも素直であればいいというものではないのだ。
iPhoneから送信