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古本屋日誌
祥伝社新書から井上章一と佐藤賢一の対談本が出た。
梅棹忠夫からヒントを得たというフランス革命と明治維新の類似性の指摘、ヤマトタケルノミコトの神話での女装やホモっ気の指摘、遊牧民族の歴史上の役割の指摘、宋の時代に全面化した科挙による官吏登用、戦後の人命尊重の風潮が戦争をできにくくしている指摘などが書いてあるが、どれも目新しいものではなく、天下の碩学にしては物足りない内容だった。
先日でた大塚ひかりの「エロまん」に詳述されてある神功皇后の神話をさらに裏づける話は面白かったけどね。大塚は神功皇后が三韓征伐に赴いた際の男装に注目する。
彼女はその時妊娠中で、分娩を避けるために腹に石を挟み込み、甲冑を身につけ男装で戦場に赴いた。また帰国後反乱を起こした2人の皇子を討ち取るために、自分はもう死んでしまったなるデマまで流して当時深く信じられていた言霊信仰まで踏み破った。
井上章一の本では日本武尊の話が次のように述べてある。
熊襲タケルの兄弟を討ち取るために日本武尊が女装してタケルにしなだれかかり、長らく身体を弄らせてようやく男と気づいたタケルを打ち取り、逃げる弟の尻の穴からつるぎを突き刺した。断末魔の中タケルは「あなたはひーろーだ、ぜひヤマトタケルノミコトと名乗りなされ〜〜」と叫んで息絶えるわけで、完全に男色のエクスタシーの場面です。
ただ井上章一は明治維新の時、あるいは秩禄改正のおり危機に瀕した幕閣や侍がシナや朝鮮に亡命して時を待つとか、亡命政権を打ち立てるなどの発想を全く持たなかったことに注目して「日本の場合、ドゴールの亡命政権のフランスやら清末の孫文は考えられもしなかった。それは日本の場合日本という縛りが極めて強いからだ」という指摘は面白かった。
確かに井上章一も述べているが白村江の戦いでの敗戦の際に裏切る兵隊はいなかったようだし、あの元寇の時も圧倒的なモンゴルの軍勢に気圧されて寝返る侍もいなかった、これも日本という縛りが強いことを示しているのだろう。
先の大戦でもアメリカ軍は例えばサイパン島上陸作戦時に基地内にバーや女の接待がある施設を作り、兵隊の慰安に努め、昼間は昼間で圧倒的な物量に物を言わせて日本軍を攻めまくったわけだが、私などすぐに縮み上がって白旗を掲げそうなものだが、降伏してくる兵隊は少なかった。なんでも日本の兵隊にはこっちが機関銃にしても38銃にしてもほとんどない中で弾も節約してやってるのに、アメリカは有り余る銃器を好き放題使って攻め寄せてくる、これはどう考えても不公平だ、不当なことだと思いアメリカ兵への怒りをたぎらしたそうだ。