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古本屋日誌

2019-11-12 11:09:00

文藝春秋から出た中野孝次の「ガン日記」は文庫本でもいいんですが、今回帯付きの単行本を入手しました、ぜひお求めください。巻末には入院後、亡くなるまでを記した夫人の後書きも収めてあります。

中野はもともと千葉の大工の息子で跡を継ぐことを嘱望されていたのに、一浪して東大に入りドイツ文学者となった。のちに「ブリューゲルへの旅」などの西洋かぶれした作品を書いたのだが、年老いてようあることなんだが地元回帰にとらわれて「清貧の思想」なるエッセイで一世を風靡した。

大都会で至便なアーバンライフに興じるのではなく、田舎でよくから離れた慎ましい暮らしをするのが人としてあるべき姿ではないかなどと説いた。

その中野がガンになり余命一年を宣告されて一時は標準治療である放射線と抗がん剤の併用を「人間らしい生活ができなくなり、無駄に苦痛を生むだけだ」と拒み従容として死に赴こうとした。

中野は近代化がもたらした弊害をいろいろ並び立てて、ブロイラーを取り上げる。以前のような放し飼いができなくなりまるで工場で流れ作業のように生産される卵や鶏肉が安全であるわけがない。ガンという病気もかつてはこんなに多くはなかっただろうと書く。

中野は標準治療は拒否して、痛みが出たらホスピスにでも入り最期を迎えようと思っていたが、家族や医者から「まだ可能性もある」とか「やってみる価値はある」とかいろいろ言われるうちに「自分はともかく、家族のためになるのなら」という理由で大病院に入院して、嫌がっていた抗がん剤と放射線の標準治療を受けることになった。しかし薬石効なく、告知から半年ほどで亡くなってしまった。

まああれですね、中野が本まで書いて嫌がった高度な現代文明にすがって、挙句死ぬことになったのは皮肉な話で、その辛さがこの本の価値だろう。

友人に東京の巣鴨出身の男がいてもう70がらみなんだが父親は亡くなり、実家に住む母親を自分の暮らす神戸に呼び寄せて、施設に入れようかと考えているのがいる。そいつの話では「東京はあまりにも人が多すぎて、のんびり暮らすには向いていない、若い頃は東京は便利で憧れもあったけど、今は自分も帰る気はないな」という。