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古本屋日誌

2019-10-30 16:34:00
綿野恵太の「差別はいけないと、みんな言うものだけど」(平凡社)はなかなか面白かったなあ。
以前は差別を問題にできるのは当事者だけみたいな風潮があったが、今では誰もが気軽に「あれはあかんやろ」と糾弾して問題視できるようになってしまった。差別された人間でないとその痛みはわからないとか足を踏まれたやつだけがその痛みがわかるみたいなことが言われていた。しかしグローバリズムが一役買って世界が均一化された現代ではいかにも無理がある。

差別は意識的なものは少ない、本人はその自覚もないものがほとんどだが、従来結果的に差別であり人を傷つけているとして問題視された。しかし自覚していないのなら罪は普通は軽くなるはずだ。(殺人罪より過失致死罪の方が軽いわけだから)
かてて加えてうちわでまとまって他者を排除することは人類の進化に大いに役立つ性格であり、誰しもが持っていることでそれを罪に問うことはできない。したがって過失致死みたいな形で差別の責任を問うのはおかしい。

となれば「差別はいけない」みたいなポリティカルコレクトネスに対処する道は2つとなる。1つは違和感はあるもののポリティカルコレクトネスに耐えうる人間となることであり、2つ目はPCみたいなことは止めることだ。
こんな内容でした〜〜〜〜


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