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古本屋日誌
坂口安吾の「安吾新日本地理」に大阪を扱った回がある。「道頓堀罷り通る」というやつで昭和26年にしばらく道頓堀の「京屋」という宿屋に滞在したルポだ。
「京屋」は戦災を被らずに残った古風な仕舞屋風の宿屋で安吾は気に入っていて、逆に御堂筋に面した三寺の三階建てのコンクリートの庫裡は毛嫌いして「昔の浅草とか吉原だとかの遊女屋みたいだ」といい、車でこの寺を通る時イライラしたとある。
また例の巨大キャバレー「メトロ」に出向いた話がある。「イヤハヤ、馬鹿馬鹿しく大きいね、そして大げさなアトラクションだが、飲ませるものときたらひどいね」とくる。ジンヒーズを頼んだらジンらしき香りが少ししかない、二杯目を頼んだらカルピスにほんの少しジンを垂らしたものを持ってきた。便所へ立ったら客用のは修理中で、ダンサーの脱衣所のとなりの楽屋の便所を使う様になっていると嘆く。
三寺の隣にバーらしきものがあって行ってみたらバーではなくてバンドがドカドカやっているキャバレーで、ここもかなり広いがメトロとは対照的に広い店内には植木鉢もなくて実に殺風景だ。こんな殺風景な店は東京にもない。
まあこんな感じでした。
あれですね、坂口安吾といえば「堕落論」が有名でこれは戦時中に書かれたもので、来るべき空襲を見越して、たとえ法隆寺やら金閣寺やらが焼けても構わないんだ、文化というものは形ではなく精神だから何もないところからでも立ち上がることが可能だなどと空襲で文化財が焼けてもいいんだという話をしてました。
バカですよね~~そんなもん人間は形が大事なんだから法隆寺やら金閣寺やらが焼けたらもう終わりですよ。だいたい戦時中に国策にそうようなことを言ってるわけだからどうかしてるよなあ。
そのくせ大阪を訪ねて町屋の「京屋」は評価してる、逆に鉄筋コンクリートの三寺は毛嫌いするんだから意味不明だ。
キャバレー「メトロ」の記録は貴重だがそこでジンヒーズを頼んでまずいとかいうのはバカ丸出しだ。そもそもキャバレーは酒を飲みに行く場所であるわけがない。それはちゃんとしたバーにいきゃ済む話で坂口安吾の目には円形の巨大なメトロがバーにでも見えたのだろうかね。
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