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古本屋日誌

2019-10-22 13:04:00

先ごろ箕輪諒の「くせものの譜」が文庫化された。単行本は2016年だからかなり長くかかったなあ。

佐々成政や御宿勘兵衛といった大勢に順応できないでこだわりがあり、一癖も二癖もある戦国の勇者を取り上げた連作小説だ。
最後は大坂夏の陣を舞台にして御宿勘兵衛が真田に出し抜かれる話だ。
勘兵衛は秀頼に招かれて大坂城入りするのだが、武田家の血を引くものではあるが評価は低く300人の部隊を任されるだけにとどまり、真田は親父の威光か数千の大部隊を率いておまけに城の南端に独自に真田丸という砦を築くことも許された。

やがて戦端が開かれ勘兵衛は真田の援軍をするよう命じられて真田丸に出向くと幸村から「向こうにある小さな出丸の守備をお願いしたい、われらは越前兵の向こうにある小山を占領した後すぐに兵を引く予定で、それによって向こうから攻撃させたい」との戦略を知るが、勘兵衛は「そんな見え見えのやり口で、向こうから仕掛けてくるだろうか?」と懐疑的だった。


ところが勘兵衛が宰相丸にこもっていると突然最前線の前田の部隊が攻めかかってきて応戦に大わらわとなり、それにつられるかのように真田丸の前面に布陣していた越前の松平の部隊も一斉に攻めかかって乱戦となった。
つまり真田が放棄した小高い山から宰相丸の内部が見えて「わずかな手兵しかいない」と知った前田の部隊が功を焦って攻めかかり、それを見た越前兵も功を独り占めされてはならじと攻めかかってきた。
こんな具合でした。
まああれですね、「西部戦線異常なし」もそうだったし、日露戦争の旅順攻防戦もそうだったけど、機関銃がズラリと並んでいるのに、せいぜい塹壕を掘る程度で突撃を繰りかえすのが伝統的な戦闘のスタイルでした。「機関銃の社会史」では一分間に200も300も撃てる機関銃の威力は歴然としているのに、人々は長らく懐疑的だったとある。

日本では大将首を取った侍が功殊勲となる伝統があるから、遠くから銃撃して敵に打撃を与え死に至らしめても、誰の弾が当たったか定かでない。やはり接近して刀で首級を上げなければ意味がないとゆうことで西洋同様、鉄砲の威力には懐疑的だった。



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