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古本屋日誌
先日昭和15年発行の「銃後の大阪」第二報と題された戦争遂行中の大阪を描き、兵士を支えるこころがまえを説いた冊子を入手しました。
その中に藤澤桓夫の小説「父娘漫才」というのがあった。芸人の父がこしらえた借金を返すために娘が、今勤めている百貨店を辞めて、南地の「大和屋」と思しき置屋が経営する芸妓養成学校に入るかどうか悩んでいる。娘は16なんだが百貨店の同僚の21になる男と付き合っていて、男は入営して北支に行くことになる。
女はあれこれ悩むが結局男が「そないなことゆうたかて、芸妓ゆうたらあれこれ誘惑も多いしあんたの貞操が心配や」と言うので渋々「ほたらやめとくわ」となるのだが、話がまとまって男と難波にほど近い喫茶店で「煎り豆ばかりの非刺激性の珈琲を楽しんで」女は南海電車で帰る。
その車内で「なんぼぐるりが浮ついてるゆうたかて、あてがしっかりしてさえいたら何も問題ないやないの」と思い返して、取って返して男に訴えてみようか悩むところです。
まああれですな。きらびやかな芸妓、舞妓の世界に女が憧れるのは当たり前。いわんや男は出征してしばらく会えないわけだからストレスもたまりますよな。女が「どうせなら面白、おかしく」と思うのは至極当たり前。男から「お前はすぐ浮気してしまうやろ」と言われて、女は芸妓になるのをあきらめるわけです。つまり浮気するのは間違いないわ、と認めているわけでバカバカしいけど面白い。
男として別れる直前に飲んだ「煎り豆ばかりの非刺激性の珈琲」て要するに黒いだけのお茶ですからね、以前の美味しいコーヒーをよーく知ってるだけに惨めになりますよ。
女はそんな砂を噛むような生活は嫌なんです。このへんもなかなかリアルでよくわかる。
私は藤澤桓夫の小説は全くくだらないと思っていて、ただエッセイの「大阪自叙伝」はディテールが面白いと思う程度でしたが、この小説でいくら藤澤がダメでも戦時という非常時ならリアルな真に迫ったものを書けるんだとわかりました。