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古本屋日誌

2019-08-26 12:09:00

最新号の「週刊ポスト」で例の表現の不自由展に関して呉智英が「慰安婦少女像のどこが表現の不自由なのか?」と題して持論を展開している。

それによると

あの慰安婦少女像はいくらでも展示してあるもので、それをまた展示するのは津田大介が当たり屋的にやったことでしかない。

本当の表現の不自由に関するものならぜひ展示してもらいたい、例えば小早川秋聲(しゅうせい)『国之楯(くにのたて)』とか平田弘史の「血だるま剣法」などだ、ちなみに平田の「血だるま剣法」を復刻させたのは他ならぬこの私だ。

という趣旨なんだがなんか当たり障りないように表現の不自由展の問題をすり替えていて呉智英らしくないな。

昭和天皇の写真を焼くのを含む展示はもともと大浦信行が富山県立近代美術館の展示で昭和天皇の写真を使ったコラージュ作品を展示したことから始まる。展覧会終了後、批判が高まり美術館は大浦の作品を売却しさらに図録600冊も焼却処分にしていて、今回の表現の不自由展での写真を焼く展示はこの美術館の焚書坑儒への揶揄と受け取れるものだ。

「週刊文春」にも今回の表現の不自由展を攻撃する人々が昭和天皇の写真を焼くのがあるというのにばかり注目して、これまでの経緯を知ろうともしないことや、批判自体が論理だっていない低レベルなものだとの文章が載っているのに、呉智英先生ともあろうお方が、適当に誤魔化して話をすり替えた上にご自分の自慢話で締めくくるとは恐れ入ったぜ。

呉智英は天皇制は初代は創業者でそれなりの人物だろうが、2代目となると能力も劣るだろうし、初代に匹敵する功績もないのに祭り上げられるのはおかしいだろうと反対する意向を示してはいるが、何とも曖昧だね〜〜〜〜