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古本屋日誌
私の若い頃インドやらパキスタンはユートピアみたいなところで「行けば人生観も変わるよ」とばかりにバックパッカーとなって旅する人がいた。藤原新也の「東京漂流」やサントリーの新聞広告で犬が路上の死体をむさぼるのを見てショックを受けたわけだ。たいてい赤痢をもらって帰国してうんうんうなるだけに終わりました。
ただ「くそばばの詩」の山松ゆうきちは「そんなもんインドであろうがどこであろうが、何にも変わらない。水洗トイレで快適に過ごしたいけどできてないだけ、世界観なんかおんなじだ」と言っていたがまあその通りですな。山松はさらにこの考えを推し進めて、日本でこれだけ漫画が受けているんだからインドでも評判になるに違いない、受ける漫画は平田弘史の「血だるま剣法」だと確信して自ら乗り込んで路上で販売しました。
山松の読みとしてはインドにもカースト制度といういわれなき差別が根強く残っているわけだから悔しい思いをしている人はごまんといるに違いない、そうなれば部落差別への怒りをテーマにした「血だるま剣法」こそベストマッチだということです。この試みは残念ながら失敗に終わり、ほとんど売れませんでした。
まああれですね、インドは確かに現在もカーストの差別があるから、それを逃れようと出自に関係なく活躍できるIT産業に人材が集まりIT大国となっていますから、今なら確かに山松の主張は的を射たものでしょうな。
室生犀星は金沢の出ですが、幼い頃の思い出をあれこれエッセイに書いていて、子ども同士でよく石合戦をした、「グリマ」と呼ぶのだが自分はこれが得意で本気になったら正確に相手に命中させることができたし、随分遠くから石を飛ばすことができたと自慢する。しかし通常は当てないで「向こうの一番背の高い子の頭の少し上に飛ぶように投げた」とも主張する。
まああれですね本当は大したことないんでしょうけどね。実際に頭をかすめて礫が飛んできたらそれこそびっくりしてすぐに退散するでしょうけどね。