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古本屋日誌
2019-07-01 13:52:00
今朝方までしとしと雨でいかにも梅雨らしい天気でありがたい。
市原実の「大阪平野のなりたち」はたくさんの地図を元に河内湖の汀を歴史的に検証しようとした意欲作で現在も人気があります。645年の大化改新の際に国境が改めて決められたのだが、摂津と河内のそれはちょうど河内湖の汀に設定されていました。それは現在も解消されていて守口市と大阪市の境目になっています。
その場所は現在の京阪電車千林駅周辺です。淀川が河内湖に流れ込む河口だったところで、国境もそこでくの字に折れ曲がってカーブを描きながら南に下がって行きます。
7世紀よりずっと前は河内湖の範囲はさらに広く4世紀にはちょうど萱島駅のところにありました。従って地形も京阪電車千林駅周辺とそっくりで、北側が相当高くなっていて、湖との間には現在もはっきりと崖が残っています。2メートルくらいはある断崖でこれは確かに長らく湖水がたまっていたであろう想像がわきます。湖水の名残が今の寝屋川の水路であり、また寝屋川本流です。萱島の断崖に比べると千林駅周辺の傾斜は緩く、瀬戸内海に見られる遠浅です、そのため完全に干上がってしまい川が残っていません。ただ千林駅からすぐ北側に上がっていく細道、現在の喫茶再会や日本料理のさとなどがあるあたりには巨大な三日月湖が昭和の初めまでありました。水深も深くなかなかのものでしたが、現在は埋め立てられていますが、それでも明らかにわかる形で土地が大きくくぼんでいます。
実は萱島駅の南側にも巨大な三日月湖の痕跡があります。