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古本屋日誌

2019-05-30 13:37:00
先日NHKで例の「ブラタモリ」をやっていて堺編なので早速見て見た。さらに「歴史秘話ヒストリア」でも百舌鳥古墳群を取り上げていた。

仁徳陵は断層の撓曲部分に作ってあって、地形は海に向かって下がっている。大阪湾に向かい長い縦方向を見せていて、大阪に入ってくる船にその巨大さを見せつけている。朝鮮半島の古墳は円墳が多く、規模も小さいからデモンストレーション効果は大きかっただろう。
墳丘は元は石で覆われ、円筒埴輪の列が取り巻いていて、その数は3万くらいあったのではないか。墳丘を覆う石は近くにはなく、かなり離れたところから運んでいる、石棺は高砂市から来ていることが判明している。
朝鮮半島の高句麗が勢力を拡大して日本の同盟国である百済を脅かしていたので、巨大な墳墓で勢力を誇示するとともに、半島から馬や鉄器を仕入れて侵略に備えていた。
百舌鳥古墳群と古市古墳群を結ぶ竹内街道は古道で攝津と和泉の国境となっており、堺は国と国の境目ということで中央からの統制が届きにくく、ために自由な雰囲気があった。
こんな内容でした。
まああれですね、徳川時代には仁徳陵にはいることができて、春には花見が楽しめ、茶屋もできていたとか、古市の名物は土器で観光客相手に古墳から取ってきたものを販売していたこと、明治に入ってアメリカ人が仁徳陵に入り発掘して遺物を持ち帰ったことなどは一切触れられませんでした。さらに言えば仁徳陵などを構築した王権は実は騎馬民族、朝鮮人だったのではないか?にも全く触れることはなかったわけです。



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