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古本屋日誌
大阪府や堺市が進めていた百舌鳥古市古墳群の世界遺産登録が実現するという。
しかしこれらの古墳は皇室タブーののために発掘はおろか内部への立ち入りすら禁止されていてバカバカしい。単なる小山を誰がありがたがって見に行くというのか、理解に苦しむ。
芦辺拓が「殺人喜劇のモダンシティ」を書いて大大阪時代、満州国の墳墓を発掘したら古代の天皇に直接繋がる墓碑などが出土してしまった。この事実を公表されてしまったら、大日本帝国の大元帥の出自が大陸にあることが明らかとなり、体面に関わるとあって、特高警察が暗躍して、発掘調査隊の団長を殺害してしまうはなしだった。
また中井正広の「仁徳陵」は徳川時代から明治にかけて揺れ動く陵墓利用のあり方を詳しく描いている。徳川時代には墳丘への立ち入りは問題なく特に花見のシーズンは賑わっているとか、墳丘上に茶屋があってもてなしをしていたこと、堀は釣り堀になっていたし、農業用水として活用していたことも書いてある。もちろんボストン美術館にある仁徳陵出土の遺物の話もあって、考えてみれば、これは植民地主義のいたらしむるところで、エジプトが大英博物館に返還を求めたように日本もアメリカと返還交渉をするべきではないかとも思える。
しかし徳川時代の「河内名所図会」には古市の名物として「土器、かわらけ」が絵入りで取り上げてあって、地元の人が古墳から副葬品を持ち出して路肩に葦簀がけをして観光客相手に売っている。明治初期に欧米人が仁徳陵に簡単に立ち入ることができ、発掘もできた上に特に問題視されることもなく副葬品を持ち帰ることができた背景はここにある。
実は百舌鳥や古市の古墳が残ったのはいくらでも土器、埴輪、かわらけ、石材が取り出せるからで、住民にとっては庭にいわば宝の山がドーンと聳えているようなもので、だからいつまでもそのままにしていたわけだ。
堺市は大仙公園に古墳の全景を見下ろせる展望台を税金を使って建てて、「観光客を呼び込める」と当て込んでいるが、全く税金の無駄でしかない。