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古本屋日誌
今朝は花曇りのようなどんよりした空模様で、気温はそこそこ高い。
以前日の丸文庫が出した平田弘史の「血だるま剣法」なんだが扉が5ページと表示してあって、その前の4ページ分はどうなっているのか不思議に思ったことがあります。表紙とその裏もカウントするにしてもあと2ページ足りません。まんだらけ大阪店で聞いてみたら「あれは落丁があるんちゃいますかね、その分安してますわ」とのことだった。
まあ貸本だしいろんな子供の手を経ているだろうから欠損することもあろうし、そこにあったのは目次とかその類で間違っても平田弘史の序文や手塚治虫の推薦文ではあろうはずもなかろうからまあのうたかてかまへんと思てました。
今回肥田晧三の「再見なにわ文化」を読んでいたら徳川時代の上方の子ども絵本の話が出ていてこれらは例外なく3丁から始まっている、つまり1、2ページはないものとして作ってあるとのことだった。肥田が言うには近世本の巨大なコレクターはいろいろいるが、10万冊から集めている人のコレクションにもなぜか上方の子ども絵本は全く含まれていない。これはいくらでも絵本を目にする機会はあったはものの、3丁から始まっているため「こりゃあ落丁やな、完全な本にそのうち出会うやろからその時に買おう」と判断して買い入れなかったためではないかと言う。
なるほどもっともな説明で絵本から漫画はともに女子どもの手すさびということで、繋がりがあるわけだから、近世の伝統を継承して1、2ページはないものとして漫画を作っていくことは十分にあり得ます。まあ平田弘史では子どもは安らぐことはなくかえって泣き叫ぶでしょうけどね。
それはさておきこの「血だるま剣法」は今は青林工藝社から復刻が出て手軽に読める、ただ一部のセリフは伏字にはなってますけどね、その昔は貸本でしか手に入らず大変でした。アメ村のボウリング場の地下で行われた漫画の古本市で奈良の「五輪書」という古本屋がこの貸本を目録で出品していて値段は10万円でした。すぐに申し込んだが抽選に外れて入手できず、結局オークションで下鴨の旧家のコレクターの人が出しているのを見つけました。
ところがその本は終わりの方にかなり落丁があり、蛇のように身体に鱗が生え機敏に動きながら、虎のように木の上から落下して相手を串刺しにして殺害する主人公と兜の先端を長く伸ばして、鋭く尖らせて、落下する相手を返り討ちにしょうという決闘の結末がわかりません。
仕方なく完本を所蔵している早稲田近くの「大宅壮一文庫」の会員となりコピーしてもらってようやく全体を読んだことがありました。
こんなおかしな事態になったのもつまりは言論の自由を封殺しようという連中が跋扈していたからで、今もその流れは尽きることはありませんね。