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古本屋日誌
今朝はやはり寒さが厳しかったんですが、次第に和らいで日差しも出てきました。
雄猫が郵便局に出荷に行くときに外に出て斜向かいのお家の庭に走り込み、姿は見えるのですが呼んでもいやいやをして出てきません。例の「ちゅうちゅう」で釣ろうと思いましたが、近くを人が通りがかったのが気になったようで餌には目もくれずに家の中に飛び込みました。
時々お客さんの注文の本がなぜか見つからないとかがあります。うちでは仕入れた順番に本を並べていて、文庫と新書、単行本の三種類に分類しています。ところがどういう具合が見つからないことがたまにあります。仕方ないので仕入れの伝票やデータを確認して「仕入れた時期からしてこの辺にあるはずだ」と探すんですがうまくいかない。
「読者の世界」で名高い外山滋比古にセレンディピティに関する本があってアメリカ海軍が潜水艦のソナーを探知する研究をしていて、たまたまイルカの交信音を見つけたことがあり、作業中にまるで関係ない別の発見をすることを「セレンディピティ」というのだそうだ。
外山滋比古はこれを敷衍して万年筆を探していてどうしても見つからない、その後ある手紙が見つからなくて探していたら前回探し当てられなかった万年筆を見つけることができたことがあり、「これもセレンディピティの一種」だという。
まあそういうことがあるのかもしれないが、万年筆も見つからないし、手紙も見つからないようでは整理整頓が全くできてないわけで、それを本当は問題にしないといけない。彼は研究者としては一流で日本人の親族呼称の特徴を明らかにしたり、「読者の世界」でそれまでは集団で音読していた読書が黙読となり、癒しを与えてくれるものとなって大量の読者を獲得していく様を描いたりした。しかし根は図太い、ナルシストに見受けられる。テコでも動かない自己肯定が小気味好いくらい。
「朝飯前」の語釈に関しても辞書でいう「簡単な仕事だ」は正確ではなく「本来は難しい仕事だが朝飯を食べる前にやるので簡単だ」という意味なんだという。つまり勝手に朝ごはんを食べる前に作業なり、仕事をしたら頭の働きが活性化されるのでいつもより能率よくできると主張したいわけだ。
そんなのは外山滋比古の思い込みで、なんの根拠もないたわ言なのだが、本人は信じきっていて、朝起きてもずっとご飯は食べずに仕事をして昼ごはんと合わしてブランチを食べ、「これは非常に能率よくできる」と悦に入りまた眠たくなって昼寝をしてもう夕方近くに起き上がって外は暮色ご漂うが「今起きたんだから朝なんだ、朝ごはんを食べずに仕事をしたら大丈夫」と言って無理から夕方を朝だと思い込もうとしてそれが仕事の能率を上げるというのだから大したものだ。