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古本屋日誌
今日は寒さも和らぎ、薄曇りながら暑うの寒うもない快適な陽気でした。
私の祖父は1909年の生まれで、生涯和服しか身につけず、また祖母もおないどしでしたがやはり足袋を履き、帯を締めた着物姿で過ごしていました。ところが褌はしてませんでしたし、また祖母はパンツを履いていました。近所には褌を身につけている爺さんもいましたが、われわれ子どもからは注目の的で嘲笑されておられました。祖母に「なんでパンツはいてんのん?何も履かへんのんちゃうのん」と尋ねたこともありますが「汚いやろー」ゆうてました。
祖父母の居宅は住吉区の紀州街道沿いにあり、街道に面して三階建ての不思議な洋館があって宮大工をしていた祖父が倉庫として使っていて、中は材木やらノコギリやらかんなやら鍵、あれこれあれこれ、要するに大工道具で埋まっていました。その奥に青木や椿、シュロ、枇杷の木、ヒマラヤシダ、やつで、つまり全て常緑樹で覆われ、真ん中に泉水のある庭園がありさらに泉水のねきには周りに玉垣を巡らして朱色の屋根を持つ神社風の祠がありミーさんと称する白い蛇を祭っていました。玉垣は朱色に彩色されていますので、その板に沿って地中に巣をこしらえている地蜘蛛は極めて目立ちました。赤に白く細長い糸状の巣が延々と下に伸びているわけですからね、われわれは易々と糸を手繰り寄せて蜘蛛を手に入れていました。
庭の北側には南面して母屋があって東側から風呂、台所、仏間、座敷、汲み取りのせんちば、離れとなっていて庭の南側は木を削る工作機械を何台も備えた作業場でした。
今でも不思議なのがせんちばが小用と大用に完全に分かれていて、祖母も普段は着物の裾を捲り上げておそらくですが立ち小便をしていたことです。小用のせんちばの外には南天が植えてあり、手水鉢がありました。一応水は張ってあり、その上に手ぬぐいも吊るしてあるのだが、その水は使わず手ぬぐいを吊るしてある横にプラスチックの提灯みたいなものが下げてあって下に突き出ている金属状の金具を上に押し上げると蓄えてある水が下に流れて手を洗えるようなっていました。それなら手水鉢にわざわざ水をはらいでもいいわけですが必ず水はあり夏にはボウフラがわいていました。
1月の20日には庭にお祭りしてあるミーさんの大祭で神主を呼んでお祓いをしてもうてから出入りの業者を座敷に招いて饗宴となりました。この宴会も不思議でものすごい寒い時期なのに石油ストーブは一切使わず、ひたすら火鉢で暖を取っていました。大して温まることはなく、お客さん方はひたすら熱燗を召し上がって盛り上がっておられました。