Welcome

古本屋日誌

2018-11-11 10:34:00

今朝もええ天気でやや寒い。猫は今日も外に出ましてが、このところ車やバイクが通りかかるとおそれをなして戻ってくるようになったのは喜ばしい。

夏目伸六が昭和38年1月の雑誌「あまカラ」に「三合徳利」と題して父漱石が「それから」に三合徳利というのを登場させていて岩波から全集が出るときにいちごうや二合はあるねんけど三合のは聞いたことがないと❓付きで校正刷りが回って来たという話を書いている。

それはそれとして話は岩波書店の創業者岩波茂雄のことになって、元々古本屋を経営していたのだが、出版もやることにして漱石の元を訪ねて「なんとかうちとこで、本を出さして欲しい」と口八丁で口説き落としその上で「では先生の本を出す費用を貸してください」と頼んだという。

岩波書店は現在も新しい漱石全集を特に以前の全集と代わり映えもしないのに延々と刊行中で、よほど儲かるんだろうな。茂雄は古本屋時代は店に詰めていて「すまんけど、この本ちょう汚いし負けてくれませんか?」と値切る客には「わしのつけた値段が気にくわなんだら帰ってんか‼︎」と追い出していたという。古本はその当時客とのやりとりで値段を決めていたそうだから、まるで決まった値段があるかのように振る舞う茂雄は不思議な存在だったのではないか。

私の高校生時代にも岩波書店は「漱石全集」と「鴎外選集」、ともに新書スタイルの箱入りを刊行中でした。担任の津田という国語の教師はえらい漱石びいきで我々に「こうて読んでみたらええで、たとえ読まなんでもおいとったら、何かの拍子に読むこともあるやろしな」と言って岩波の回し者のような話をしていた。まあこれが本をどんどんこうてまう人間の思考スタイルなんです、いつか読むこともあるやろとか、ひょっとして手に入らへんのとちゃうかです。

積ん読の本は間違いなく読むことはないし、現在流通している本で手に入らないようなものなどありません。それにしても全集を読む人てようわからないんです。ほとんどがゴミのような小説ばかりなのに何をありがたがっているのか不思議です、漱石は普通に読んでも文章は下手くそだし女の描き方はデタラメだし反面教師として読んでいるのかと思います。