Welcome
古本屋日誌
2018-10-13 11:58:00
今朝はかなり冷えて掛け布団をしっかりかぶって寝ていたらメス猫が入れてくれともごもごしてきました。
昭和6年の大阪城天守閣の再建に関してはこれまで天守閣を再建したいと市長の関が言い出したが、当時大阪城を管理していた陸軍が難色を示した。そこで関は昭和天皇の御大典記念で天守閣を再建して、合わせて第四師団本部も新設したいと申し入れたところ、天皇の即位という慶事なので渋々折れたと言われている。
しかしまあ考えてみれば御大典と天守閣の再建がどう結びつくのかよくわからない話だ。即位を記念する建物では全然ないし、秀吉と皇室の深い関係も聞いたことがない。郷土雑誌「大阪春秋」の4号は御堂筋の特集で郷土史家の川端直正や米谷修らが対談していて、天守閣再建時の市の担当者が「あれはね御大典記念で集めた寄付金がたくさんあったのよ、それを何に使うかといろんな案が出たんやけど、関市長が天守閣を再建して新しいシンボルを設けるのがええやろゆうことになったんです」と語っている。
となると住友なんかがほとんど半分を出したという寄付金は天守閣の再建なんかのためではなく、御大典記念のためだったことになり、関としても「ほら、大阪市民はこんだけ天皇の即位を寿いで寄付に応じてるんですよ、陸軍としてもそのこころを汲み取って彼らが喜びそうなモニュメントの建設を許してやってもらえませんかな?御大典のお金で天守閣を作るということは陛下からの大阪市民への大きなプレゼントになりますよね」てな感じで説得しやすかったろう。
それにしても即位の式典に寄付をしすぎではないのか?