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古本屋日誌

2018-10-12 12:19:00

今朝はかなり気温が下がってきていて靴下を履いて作業しています。猫は例によって外出して、前の道を超えて斜向かいの御宅の通路にまで出て行ってどうなることかとオロオロさせられました。

話題の松本修「全国チン・マン分布考」はかなりの分量が様々なオメコやちんこを表す言葉の語源考察に費やされていて(オメコやおまんこは元はまんじゅうと言っていたが、京都の女房言葉で先頭に「お」や最後に「こ」をつけるようになったんだそうだ)これは日本最大の国語辞典である「日本国語大辞典」や大槻文彦の「言海」と同じ傾向で私にはバカげた作業にしか思えない。

歴史的な現象には繰り返しはないんだから、始まりがどうだったかなど客観的にわかるわけがない。桂米朝も「うがいはなあ、長良川とか宇治川の鵜飼が元になってんねんで」とゆうていたが、たんになぞなぞの答えを適当にゆうてるとしか思えなかった。米朝は落語家で、別に研究者ではないからこれは小話みたいなもんなんだろう。しかし「峠」の語源は「手向け」で、山神さまにお供えをして旅の無事を祈ったところからきてるんだというのもよう聞く話だが、証拠もないし適当に謎解きをしているだけだ。昔からやたらに語源を云々してありがたがるのはなぜなのか、知りたいところだ。

大阪でも「ホルモンはな元々放るもんやったからそないゆうんやで、今はもつ鍋とかにして食べんねんけどな」という話や「梅田はな元々は埋め田ゆうてたんや、田んぼが続いてるところを埋めて作ったんや」「あかんゆうのんはな、競馬場の柵があるやろ、あれはなあ埒ゆうねや、それが開かへん、つまりらちあかんからきてるんや」という話は、凡庸でかつ怠惰な連中から枕詞のように毎度毎度聞かされて、ほんまに飽き飽きしている。この連中は調べもせずに引き写しているだけで、「ホルモン焼き」の語源は「ほうるもん」ではない。梅田についても田んぼを埋めたなどが語源ではない。

「あかん」の語源なるものは競馬場に由来するなどとバカも休み休みにしてもらいたいもんだ。