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古本屋日誌
今朝はよう晴れていて汗ばむ陽気です。
昨日京大の先生がノーベル賞を受賞したことで、しかもガンの免疫療法とかいう新しいアイデァによるものとあって、基礎研究の大切さやひらめきを大切にするとかあれこれゆわれています。しかしまあ京大ほど教育機関としていい加減なところはなく、入学してくる連中を甘やかして堕落させるところはないだろう。単位もゆるいし、テストもおざなりだし、学生を教育しようという意欲は大学にはない。それなりの才能があり、努力も怠らない自制心を備えた人なら乗り切れるだろうが入学してくるがくせいの大半は凡人に過ぎず、努力も嫌い、そもそも能力が著しく欠如している。そのくせプライドだけはお盛んで一番扱いにくい類の人種ばかりだ。
以前近藤雅樹が「霊感少女論」を書いて芸術系の大学に入ってくる女が入学後自分より上手い学生がいくらでもいて逆立ちしてもかなわない現実に直面して逃げ込む先が「自分には霊感がある、霊が見えるのよ」という世界で、あるかどうかようわからん世界なら自分の優位性をアピールできるということで精神のバランスを取るという。
京大にもこういう霊感少女、少年がたくさんいて研究室で意味のない論文を書く一方ミナミやキタにある占いの館に通い占星術やよりましの仕事に勤しんでいる。他にも思い立って陶芸家になろうと清水焼の窯元に通って、昼間は文学部の教室でくだらないモーパッサンの評論を口にして時間を潰し夕方から作陶だ。焼物の世界も100均でええやんというひともおれば百貨店のガラスケースに陳列してある100万はくだらない陶磁器がご所望だという人もいて、どこがいいのかわからない世界だ。あるいは思い立ってピアノの調律を習い始めて調律家になろうとする、これだって調律などしなくても鳴ったらええやんという人も多いし、それは嫌で調律はしてもらうが、音の違いが実は全然わからなくて困っている人もたくさんいるわけで、まあようわからん世界だ。
それぞれに自身のプライドを保てる世界を求めているのはくだらない、その程度の学生を大量に生み出しているのが京大や東大なわけで、いくらなんでも研究期間としては効率が悪すぎる。もっと入学試験を厳格にして、バカは入学できないようにするべきだろう。