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古本屋日誌
朝方まで雨が残りましたが、まあ暑うものうて寒うものうて快適です。年中こうあれかしと願うばかりです。新潮45なんですが、「まだ置いてる本屋はあるだろうから探してくれよ」とかいうお客さんがおられて仕方なく昨日電話で聞いて「売り切れました」と言われた天牛堺書店の光明池店なんですが、かなり売り場も広いし店員さんはそんなにいるわけではないので「邪魔くさいからないゆうとけ」と判断した可能性もあるのでここにしぼって行ってみることにしました。おれもひつこいよなあ。客も自分で探してくれよー
ということで予想通り一冊残っていましたのでお客さんも良かったです。
新潮新書から有馬哲夫の「原爆、私たちは何も知らなかった」が出ました。有馬はしっかりした史料クリティークに基づいて信頼できる論考が書ける数少ない学者の1人で今回の本も新鮮な喜びを感じました。原爆投下に関しては米軍の将校向けの教科書である「正しい戦争と不正な戦争」に自国の行なった行為だが、十分に避け得た行為であり、容認できない旨が記してある。まあヤンキーとしては恥ずべきことだとの認識が軍部としてはあるとみてよかろう。映画のパットンなら「そないなアホなことすなや、わしらの栄光がどっかいてしまうやないか⁉️」と絶叫したことだろう。まあそれほど原爆投下は軍人のプライドさえズタズタにする蛮行なわけです。
さてこの有馬の本ですが、トルーマンは日本が天皇制の温存が叶えば降伏すると十分に知りながら、ポツダム宣言に皇室温存の文言を入れないばかりか、無人島などに投下して威力を見せつけて日本に警告を与える選択肢も取らなかったとする。その原因として有馬はトルーマンは人種的偏見を持っていて「ケダモノと接する時はケダモノとして扱うしかありません」などと日本人を自分と同等の人間とはみなさない発言をしていることや真珠湾の復讐にこだわったことをあげています。また京都について朝日文庫「日本の古都はなぜ空襲を免れたのか」で吉田玉男は原爆の投下地点であったからずっと空襲していなかったことを明らかにしました。有馬の本では京都は原爆を投下したら国民感情の点で取り返しがつかなくなるという理由で予定地点ではなかったと書いていました。どちらが正しいのだろう?
それはそうとして、つまりはトルーマンは、すなわちアメこうはナチスがユダヤ人に抱いていた劣等民族だから抹殺すべしと全く同じ論理で日本人をけだものなんだからそのように扱うしかないとして抹殺したことが明らかになったわけです。ナチスが裁かれるならば同様にトルーマンも、アメリカも裁かれなければならないことは明らかです。まあ日本はアメリカさまの犬ですから無理ですけどね。死人にくちなし、引かれものの小唄、勝てば官軍、くらばらくわばら。